水と衛生事業の中で、特に実務者が頭を悩ませる(そして、個人的に一番面白いと思う)のが、「衛生」の「排泄=トイレ環境改善活動」です。皆さまからのご支援と外務省からの助成金で実施中の東ティモール事業でも、CLTSと呼ばれる方法を用いてトイレの普及活動を行っています。
CLTSの話に入る前に、多くの東ティモールの農村部の環境について書いておきたいと思います。事業を実施しているボボナロ県には山地が多く、30戸から100戸程度の「集落」が最小の行政単位となっています。
集落によってはインドネシア占領下で人目を避けるようにして住んでいたものが、そのまま残っていることもあります。そのため、わざと水源から遠かったり、道路から遠かったり、悪路で車が行けない所にあったりするのです。
さて、このような農村部での典型的な衛生(排泄)設備はなんでしょう?
ご想像がつくかもしれませんが、人口密度の高い都市のスラム街などに比べると、はるかに簡単に「屋外排泄」、つまり家の裏や、ちょっとした茂みの中で、人目を気にせず用を足すことができてしまいます。そして、家畜(牛、豚、鶏、山羊など)は家の周囲に放し飼い、同時に小さな子どもたちは裸足で駆け回り、1-2歳の歩き始めの幼児の多くが洋服を何も着ていない(特に下半身)というのが典型的な集落の景色です。
人口密度が低いとはいえ、不衛生な環境では子どもが下痢・脱水症状にかかることも珍しくありません。たかが下痢ではありますが、医療設備が整っていない農村部で小さな子どもが罹患すれば命に係わります。
こうした農村部の各家庭に非常にシンプルなトイレを作るべく、多くの支援機関やNGOが取り入れているのがCLTS(※1)と呼ばれる手法です。この手法の特長はずばり、「金銭的支援をしない」という点。トイレを建設するための材料・物資は支援団体が支給せず、住民たちが自分で調達をし、自分でトイレの建設を行うのです。それって、支援する側は何をしてるの?と思われるかもしれないですね。
CLTSにおけるわたしたちの役割は、①住民のみなさんを「その気にさせる」ことと、②根気強く見回りする、という二点になります。前回の手洗いの話でも書いた通り、「習慣改善」は非常に難しい仕事です。これまでずっと屋外排泄をしてきた集落の大人たちに、「あなたがたの小さな子どもたちが下痢をするのは皆が外でトイレをしているからです。トイレをつくりましょう」と言っても易々とは信じてくれません。つまり、多くの資金を使ってトイレ建設の材料を買って、届けて、たとえ建設してあげたとしても、彼らができたトイレを使うとは限りません。
むしろ、トイレはすぐ汚くなる→掃除したくない→毎回場所を変えて掃除が不要な屋外排泄の方がいい、と元の木阿弥になる可能性が非常に高いのです。逆に、「これはまずい、トイレが必要だ」と住民の方々が本当に思うのであれば、高価な材料がなくとも簡易トイレは建設できるし、はるかに持続可能性が高い、というのがCLTSの中心となる考え方です。ですから、大人たちに「その気になってもらう」ことがまずはとても重要です。
「その気にさせる」ためのアプローチは大きく分けて2つあり、多くの支援団体は両方を織り交ぜているのではないかと思います。1つ目は衛生環境の改善が健康状態の改善につながり、特に小さな子どもたちが病気にかかりにくくなるというサイクルをわかってもらうことでやる気を出してもらう、というものです。支援する側としてはこれが本来の目的なので、いかに分かりやすく伝えるかという点を工夫する必要があります。
2つ目はもっと単純に、羞恥心を刺激するというものです。日本には「恥の文化」があると言われますが、トイレする所を見られたり、汚物を見られたりするのを恥ずかしい、と感じるのは東ティモールでも一緒。こちらの方がより心理作戦としては強力であり、ほかの援助機関が作った東ティモール保健省推奨の啓発ムービーも、「トイレのない家には嫁に行きたくない」というラブストーリー仕立てになっています。
集落の皆が参加するミーティングなどを通して、「よし、トイレは必要なものだから、自分たちで作ろう」という合意ができたら、全員で集落ODF(※2)の目標日を設定します。そして、家計の状況に応じて簡易トイレ、恒久トイレなどを建設していきます。しかし、集落ミーティングの場では全員の合意が得られたと思っても、実際にはなかなか実行に移さない人がいるのも事実です。そこで、活動の2つ目として挙げた「根気強い見回り」、こちらがCLTSの活動時間のほとんどを占めることになります。
根気強い見回りは、文字通り集落内の各家庭を訪問していくという活動です。集落内の活動リーダーと当事業スタッフが一緒に訪問し、「まだ出来てないの?いつ出来る予定?」「また来週見に来るよ」と若干のプレッシャーを与えつつ、見回りをしていきます。障がいをもっている方のお家や高齢者・寡婦の一人暮らしでは、トイレを自力で作ることが難しいためご近所さんが手伝うように話して回るなど、どうやってすべてのお家でトイレを作ることができるか、試行錯誤しながら何度も見回りを行います。
トイレが無事に完成したとしても、雨期の豪雨や強風でせっかく作った設備が壊れてしまったり、家から少し離れ過ぎた所に作ってしまって夜に使えなかったりと、「使いつづける」ためにはこれまた根気強いフォローアップが欠かせません。水供給システムの建設に比べると地味なCLTS活動ではありますが、対象集落での衛生習慣に関する聞き取り調査を行ってみると、少しずつでも意識の変化が起きていることが分かり、やりがいを感じることができます。先日の聞き取り調査では、日中に訪問したためお母さんたちの声を多く拾うことができました。集落ミーティングではなかなか女性が声をあげることが難しい東ティモールですが、「子どもたちはどうしてトイレを使った方がいいのだと思いますか?」という自由回答形式の質問に、恥ずかしそうに、考えながら答えてくれたお母さんたちの姿がとても印象的でした。
2013年3月に開始した東ティモール事業も、ベトナム事業に続き、来月終了を迎えます。最後の水供給システム引渡しを控え、少しでも対象集落の環境が改善するよう、スタッフ一同力を尽くしていきたいと思います。
※1:Community-led Total Sanitationの略で、”コミュニティ主導の”衛生啓発という意味。2000年にKamal Kar博士がバングラデシュで始めた手法で、今では多くの国の水・衛生プロジェクトで採用されている。
※2:Open Defecation Freeの略で、屋外排泄ゼロという意味。全戸にトイレ設備が設置されている集落は、東ティモールの保健省から「ODF集落(現地語でALFA)」という認定を受けることができる。
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