バングラデシュに赴任してちょうど1年が経った今年7月。本当は、よく通っているカフェに行って、色々と振り返って物思いにでもふけろうと考えていました。しかしちょうどその時、政府とデモ隊の衝突が激化した結果、約2週間外出が禁止され、インターネットが遮断され、仕事ができない状況に陥りました。結局当時の首相が国外逃避し、暫定政権が立ち上がる形で幕を閉じましたが、その間ニュースを見ながら、現地の人たちと話しながら、国中で希望と不安が複雑に入り混じる様子を目の当たりにしました。
そんな渦中、以前駐在していたカンボジアの上司から安否確認を兼ねて、次のようなメッセージが届きました。
「As silver lining.」
このメッセージの意味は後ほど。
この世に悪い人はいない!?
「他人や物事を〇〇だと勝手に決めつけてはいけない」
学校や家庭で、聞いたことがあるフレーズだと思います。私も、心の中で「あの人はこういう人間なんだ」と決めつけて、あとから違う側面を知って反省したことが山ほどあります。「決めつけてはいけない」と言うのは簡単だけど、何度も繰り返してしまうのを見ると、それが人間の性(さが)なのでしょうか…。
でも一方で、ある意味「絶対にこうだ/こうあるべきだ」と強い信念を持って、時には盲目的にまでなりながら物事を決めつけることも、人間あるのではないかと思ったりします。
とても楽観的な考えに思えますが、いつだったか「全ての人は良い人だ」と決めつけることにしました。「全ての人には良い心がある」の方がより正確かもしれません。国内外の色んな人と関わり、直近ではカンボジア、バングラデシュと駐在地を渡り歩きながら、一見気難しく見えても、どれだけ立場や境遇が違っても、相手に関心をもって誠意を見せて接していると、ふと「人間らしい一面」や「良い心」が垣間見える瞬間が何度もありました。
その時に感じた不思議な高揚感が原動力となり、今もそうした瞬間を追求しながら、「全ての人には良い心がある」ことを証明(?)すべく、心の中で勝手にサンプル収集を続けています(人生1回分では不十分かも…)
現場でのプロマネの仕事=スピーチ?
再び話は変わりますが、NGOの海外駐在の仕事、プロマネ(プロジェクト・マネジャー)の仕事がどんなものか聞かれるたびに、なかなか一言で答えづらくて悩んでいます。
私が担当する事業では、バングラデシュのコックスバザール県ラム郡という場所で、村落レベルでの水衛生環境の改善を目指しています。コミュニティと学校で井戸やトイレ、排水溝などを建設し、住民たちがそれを維持・管理できる体制を構築し、宗教リーダーや教師、女性、子どもたちと、異なる住民グループへの啓発活動と働きかけを通じて、コミュニティ全体で適切な水衛生に関する知識と行動が普及するよう取り組んでいます。
これらの活動を円滑に進めるために必要な業務、例えば活動計画に基づく進捗確認と調整、予算の管理、地域関係者との関係構築、事業に関連するイベントへの出席、報告書を含む各種書類の作成、現地スタッフのマネジメント…と、色んなことをしています。その中でも、特に最近意外なやりがいを覚えているのが「スピーチ」です。
プロマネという立場上、ミーティング、研修、現地視察と、何かある度に政府関係者とともに人前に立たされ、一言、二言コメントするよう求められることが多々あります。
スピーチの内容は、参加者への挨拶、ドナー国(私の事業の場合は日本)に対する感謝、活動テーマに関する話、住民に対する激励などで、中には活動とあまり関係のない個人的なアジェンダを話す人もいます。ある程度の流れは決まっているものの、具体的な内容についてはそれぞれが好き勝手に言える機会です。余談ですが、カンボジア駐在時代には、啓発活動の中で1時間もスピーチをした政府関係者もいました(何度か目を閉じてしまったことはここだけの秘密…)
事業スタッフにはいつも「現場では君たちがしっかり活動してくれるから、プロマネである自分の仕事はスピーチだけだ」と冗談半分で言いますが、半分は本気でそう思っています。
でも、初めてスピーチを頼まれた時は正直困惑しました。「こんな仕事があるなんて、聞いていない。何でもない自分が政府のエラい人たちと並んで何を語るんだ…」と。元々人見知りで、大勢の前で話す際に足が震えるほど緊張する性格だったので、余計にです。ただ、それをやっていくうちに「これが現場での自分の存在意義かもしれない」とまで思うようになりました。
計画に沿って活動や予算を実施・管理することは、プロマネの責任における最重要事項です。しかし、実際には毎日現場で手足を動かしてくれるスタッフがいる分、相当な専門的知見がない限りは、私自身が直接的な変化をもたらすというよりは、事業チームに対する全体的なサポートや指導、関係者をコーディネートすることが主な役割です。それでも、自分が現場レベルで直接影響を及ぼす領域があるとしたら、それはこの事業の責任者として大きなビジョンを示し続けることではないか、と考えるようになりました。
ワールド・ビジョンがどのような理念・ミッションをもって働いているのか、この事業を実施した先にはどのような光景が待っているのか、そのために各々に何ができるのか、関係者間でどのように連携できるのか、そもそも外国から来た自分がどういう人間で何を考えてここで駐在しているのか。そうした大きな考えを言葉や姿勢でアウトプットすることで、地域の人々が少しでも前向きに活動に参加できるよう励まし、政府関係者には「この人たちと協力すれば、地域に良い変化がもたらされるかもしれない」と思ってもらい、事業スタッフにはこの団体・事業で働く意義とプライドを感じてほしい。
全く境遇の違う自分の言葉(しかも母語ではない英語で話し、現地語に訳されて伝わる言葉)がどこまで現地の人々に響くか分かりませんが、冒頭の「全ての人には良い心がある」という信念に何度も立ち返りながら、前向きに取り組めているのかもしれません。
例えば、政府関係者たちとのミーティングの中で、「なぜ自分が管轄する〇〇村は事業対象に含まれていないんだ。そこにだってニーズがあるんだぞ!」と少し感情的に話す人がいます。その人の気持ちもある程度は理解でき、対象村の選定プロセスを説明したところで納得してもらえないことが多いので、いつも頭を悩ませるコメントです。
「そんなこと言ったって、事業というのは予算が決まっていて、こっちも色んな制約の中で悩みながら決めているんだよ」と、その場しのぎの返事をすることもできると思います。
でもその気持ちをグッとこらえて、自分自身も、この人たちも、もっと大きなビジョンを見て協働できればという願いを込めて、その時はこう答えました。
「我々の事業にも制約がある点、事業責任者として大変申し訳ないと思っている。でも、みなさんと一緒にこの地域全体で長く続くような良いインパクトを残したいと思っているし、子どもたちが健やかに育ち、それぞれの夢を叶えられるような環境作りに少しでも寄与したい、という強い願いはみなさんと同じだと思う。この事業が一度に多くを変えることはできないかもしれないけど、この3年間で良い事例を作れるよう一生懸命努めるので、それをどうやって地域で広げていけるか、ぜひみなさんと意見交換しながら考えていきたい。だから、今後も我々の事業に関心をもって参加して、その都度フィードバックをくれたら嬉しい」
後から振り返って、何か仰々しいことを言っているなーと自分でも思います…。何回言っても納得しない人たちも、もちろん中にはいます。でも、悩みながらも誠意を込めて話した言葉が、一部の関係者には着実に伝わっている感触があります。支援地域を視察した時に、住民の前で我々の事業を良く紹介してくれるようになったり、政府側での承認プロセスをスムーズに進めてくれたり、お茶に誘ってくれて家族の話をシェアしてくれたり。そういう姿を見ながら、たかがスピーチ、されどスピーチ、という思いで、自分がどのような言葉を発するべきか日頃から考えるようになりました。
変化はいつも不安と希望が入り混じる
「誠意を持って関わる」ことで前向きに参加してくれるようになったのは、政府関係者だけではありません。
今年の4月、政府職員や地域住民、事業関係者など約100人を招待し、事業1年目を振り返る「学びのワークショップ」を実施しました。この1年間、何カ所で水衛生施設を建設し、どんな内容の研修や活動を実施したのか。その結果、どのような変化が生まれ、残された課題に対しては今後どう取り組むべきか。実際に活動に参加した人たちは、どう感じているのか。そうした点を、プレゼンや意見交換、グループワークを通じて確かめ合いました。
その中で、住民たちから聞いた次の言葉が心に残りました。
「これまで経済的困窮から子どもたちが学校を中退し、トイレを設置する余裕もなく、たびたび屋外で排泄していた。でもある日、事業活動に参加するようになり、衛生的な家庭環境を整える重要性に気づいた。そこから毎日少額のお金を貯蓄し、数カ月かけて自宅にトイレを設置した。今では、以前のように下痢症などの病気にかかり、治療費を捻出することも減った。自宅にトイレがあることで、社会的な尊厳を得られたと感じている」
「以前は、自分たちの声(voice)を伝える場所がなかった。でも、今はワールド・ビジョンが自分たちの声を聞きに来て、その声に応えようとしてくれている」
実は事業開始当初、「収入が少なく食に困っているのに、なぜ水衛生の事業なんだ?」という住民の声を聞きました。今もまだ劇的に生活が変わった訳ではないものの、上の言葉を聞いて、住民たちが厳しい生活の中でも我々を信頼し、参加し続けてくれたんだな、と嬉しい気持ちでした。それと同時に、「尊厳を得られた」、「声を聞いてもらえた」という言葉が、とても尊く感じられました。「水衛生環境を改善する」という文字通りの目標以上に、自分たちが今ここにいる意義について、改めて考えさせられるきっかけとなりました。
逆境に潜む希望の光
冒頭のカンボジア時代の上司から届いたメッセージ。
「As silver lining.」
英語の慣用句で「雲の隙間から見える空の明るい部分のように、逆境の中にも希望の光があるはずだ」という意味。
状況が変わってどうすれば良いかわからない時、物事がうまくいかない時、小さなことで動揺したり、不満を言ったり、他人を責めたりと、意識しないとどこまでもネガティブになれるものだと思います。もちろん状況が自分にとって好ましくない事実は、すぐにはどうしようもないかもしれません。でもだからこそ、時には意図的にでも小さな希望を大きな未来に抱くことが、前向きに物事に取り組み続けるカギなのではないか。そして、私自身が支援地域の住民やスタッフと関わりながら希望を再発見し続けているように、それは一人ではなく色々な人たちとの繋がりを通じて可能なのではないか。今年1年間、特にここ数カ月間を振り返って、そう考えています。
内容がカタすぎて、このまま終わるのがちょっと嫌なので…最後に一言。
どこまでも続く長~い海岸線(125㎞!)を歩いてみたい方、ちょっとした冒険(?)をしてみたい方。ぜひバングラデシュのコックスバザールに足を運んでみてはいかがでしょうか?良いリフレッシュになりますよ~:-)
この記事を書いた人
- 大阪大学法学部卒、東京大学公共政策大学院CAMPUS Asiaプログラム修了。その後、約半年間の民間企業での勤務を経て、2018年10月にワールド・ビジョン・ジャパンに入団。2021年2月から2023年4月までカンボジア駐在。2023年7月からバングラデシュ駐在。
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