【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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分離帯の少年~バングラデシュで見つけた希望、そして新たな問い

2024年5月某日。ダッカは夜9時。ワールド・ビジョンの活動を視察する目的で、初めてバングラデシュを訪れた私は、10日間の滞在を終え空港に向かうホテルのシャトルバスの助手席で、旅の達成感を覚えていた。

ニュージーランドと日本のキリスト教会の牧師とともにバングラデシュを訪問しました(右端が筆者)

ニュージーランドと日本のキリスト教会の牧師とともにバングラデシュを訪問しました(右端が筆者)

「新しく建設されたバイパスを通るよ。お陰でスイスイだからね!」
ホテル出発前、運転手が自国の発展について誇らしげに語っていた通り、比較的スムーズに進んでいたシャトルバスも、空港近くなると渋滞のため速度は急に遅くなり、やがて止まった。

「またしばらくかかりそうだな」
背もたれに寄りかかってボーっと道路を眺めていると、分離帯に一人たたずむ少年の姿が目に入る。向こう側に渡ろうとしているように見えた。渋滞中のこちら側とは違い、反対車線は、スピードを出している車も多い。

「渡ったら危ないよ。何しているの」
ヒヤヒヤして眺めていると、少年と目が合った。
下の方からバナナを持ち上げて、私に向かってニヤッとした。

分離帯の少年とのこの一瞬の出会いは、私にこの先の人生の中で折に触れて思い出す、大切な原体験になる予感がした。

バングラデシュへ向かう前の不安

「心が引き裂かれなかったら、どうしよう」
時は戻って、日本を出発する前、私の心には大きな不安があった。

バングラデシュの地域事務所に掲示されていたボブ・ピアスの写真と祈りの言葉

バングラデシュの地域事務所に掲示されていたボブ・ピアスの写真と祈りの言葉
「神の心を引き裂くもので、私の心を引き裂いてください」

20年程前、牧師の卵たちと机を並べて勉強していた際、とある支援団体主催の企画ツアーでミャンマーの孤児院を訪れた。子どもたちの笑顔に心を洗われた一方で、孤児院に残される子どもたちがいる現実への痛みが原体験となり、世界や社会の課題の研究に関心を持つようになった。

「少しでも実践の場に近いところで」。研究生活がひと段落した時、そう思って、ワールド・ビジョンの扉をたたいた。それから6年。支援地域の訪問は初めて。

20年前の自分と違って、心を動かされなかったら。自分が変わってしまっていたら。自分自身の人生の使命を考え直すことになったら。出発前、大袈裟かもしれないが、そんな不安な気持ちでいた。

しかし、私の不安は杞憂に終わった。旅を通して、たくさんの心が引き裂かれるような場面があった。

栄養不良、障害、ピンク色のシャツの少年

例えば、ワールド・ビジョンのチャイルド・スポンサーシップの支援が始まって1年程経った村を訪れたときのことだ。

チャイルド・スポンサーシップは、約15年かけて、子どもたちを取り巻く環境を改善し、子どもたちが貧困の状態から抜け出せるように支援する活動だ。事業を開始する前、約1年かけて支援ニーズの調査や、事業計画策定を行う(いわゆる、アセスメントのフェーズ)。事業開始後の数年は、支援地の人々と信頼関係を築きながら活動を進める。

村の人々が集まり、コミュニティのファシリテーターが、村のニーズを説明してくれた。

南部地域に位置するこの村は、洪水・サイクロン・干ばつなどの気候の変化に影響を受けやすく、計画性をもった収入設計が立てにくいという。子どもたちを十分に食べさせることができず、栄養不良が課題だ。生活水は池。海岸に近く、塩分が多い。当然、衛生面からも飲み水には適さない。ファシリテーターがこれらの説明をする間、村の人々が、次々に口を挟む。私たちの痛みを知ってくれ、と言わんばかりだ。

群衆の中に、淡いピンク色のシャツを着て静かに立っている少年がいた。目に障害があることは、すぐに分かった。

村には、栄養不足が主な原因となり、障害を持って生まれる子どもたちが多いという。貧困という厳しい状況の中で、彼らはさらに過酷な生活を強いられている。

このような状況に出会ったとき、「あなたが存在するのなら、なぜこのような不公平をゆるすのですか」と神に嘆きをぶつける自分がいる。事業により支援活動が進めば、子どもたちを取り巻く環境は改善するだろう。そこに希望はある。しかし、私は、それ以上の希望を必要としていた。

あちらこちらから切実な痛みの叫びを飛ばす群衆の中にたたずむ少年のシャツの淡いピンク色。それが何ともチグハグな気がして、言葉にならない心の渇きを覚えていた。

祈りの力~愛に形はない

支援活動の成果以上の希望とは何だろうか。
その問いの答えの兆しは、次の日に見つかった。

村を訪問した次の日、「Chosen Party」が開催された。Chosen[チョーズン]では、子どもたちが自分のチャイルド・スポンサーを選ぶ。貧困にある子どもたちには選択する機会がほとんどない。自分には未来を選ぶ力がある。それを知ることで子どもたち自身が変わる。その瞬間に関わることから始まるチャイルドとの交流を通して、チャイルド・スポンサーの人生も変わる。そんなコンセプトだ。

ワールド・ビジョンは、70年以上、貧困の問題に取り組んできた。しかし、貧困は、深刻化・複雑化し、子どもたちを苦しめている。ワールド・ビジョンにしかできない方法で、そんな子どもたちを支援できないか。Chosen[チョーズン]は、そう願った結果与えられたアイデアだと思っている。この日、ニュージーランドでChosen[チョーズン]に参加したチャイルド・スポンサーが、チャイルドに選ばれる。そのChosen Partyの会場にいた。

会場に着くと、チャイルド・スポンサーの写真が、こちらを見て前方に並んでいる。待っていると、子どもたちが到着する。すると、牧師でありアーティストでもある日本の参加者による演奏が始まった。

子どもたちが音楽に合わせて踊る。お母さんに抱き付き、泣きじゃくって離れなかった子どもが、お母さんの手を離れて、自ら子どもたちの輪の中に入っていく。

この地域の責任を持っているワールド・ビジョン・バングラデシュのスタッフも歌う。責任者として着任したばかりだそうだ。ニュージーランドと日本から12名のゲストを招く。前の週には40度を超える熱波が襲っていた。雨が降ったら、プランBに切り替えなければならない。何とか計画通りに進めたい。前日の彼女は、不安による緊張からか、非常にピリピリしているように見えた。その彼女が、楽しそうに歌い踊る子どもたちの姿を見ながら、はち切れんばかりの笑顔で、調子を合わせている。

楽しそうに踊る子どもたちの目線に合わせて写真を撮るため、ひざを立ててしゃがんだ格好で、ふと、横を見ると、子どもたちに選ばれるのを待っている、たくさんのニュージーランドの家族の写真が目に入った。

その時、私が探し求めていた、支援活動の成果以上に必要としていた希望とは何かが分かった。

それは、「祈り」だ。

子どもたちの最も身近で我が子の幸せを願う、父・母の祈り。何らかのきっかけで、人生のこの時点で、子どもたちのために収入の一部を捧げようと決めたチャイルド・スポンサーの祈り。文化・社会的制限のある中で、集められた寄付を最大限に有効活用し、子どもたちとチャイルド・スポンサーを繋ごうと励む、ワールド・ビジョン・バングラデシュのスタッフの祈り。

会場には、子どもたちが得る「自分の意志で選ぶ」体験が最後の機会にならないよう、これから何度も人生の選択をしていってほしいと期待し、それを支えたいと願う、それぞれの祈りがあった。

「愛には形がない。しかし、その愛に形を与えているのが、ワールド・ビジョン・バングラデシュのスタッフの皆さんの働きだと感じた。貧困という厳しい状況の中でも、神が子どもたちを愛することをけっしてやめていないことを、私たちの代わりに行動をもって示してくださってありがとうございます」

視察を終え、スタッフへのフィードバックの時間で、日本からの参加者の一人がこう結んで、スタッフを励ました。祈りの言葉のようにも思えた。視察を通して、バングラデシュで積まれた祈りが日本の私たちに繋がった瞬間だった。

ワールド・ビジョンの活動には、世界中からの祈りが詰まっている。そのようにして繋がれていく祈りは、困難な状況下で子どもたち自身が希望を持てないときであっても、子どもたちを支えていく。そして、この希望は、日本にいる私が活動を続けていくための希望でもある。

ワールド・ビジョンが支援する子どもたちとともに(オレンジ色のキャップをかぶっているのが筆者)

ワールド・ビジョンが支援する子どもたちとともに(オレンジ色のキャップをかぶっているのが筆者)

分離帯の少年~バングラデシュで見つけた希望、そして新たな問い

希望を見つけた。その達成感を味わっていた私に向かって、車の行き交う道の真ん中でニヤッと笑った少年の顔が忘れられない。

「バナナを売るためにこの分離帯に立ってるんだよ。そんなことも分からないのかい」

もちろん、少年が本当に口にした言葉ではない。しかし、少年はそう言って、私に何かを伝えたかったと思えてならないのだ。

「希望を見つけられて良かったね。でも、僕はこの分離帯でバナナを売り続けるんだ。さあ、君は、この問題とどう向き合うっていうんだい?」

二度と会うことはないだろうこの分離帯の少年は、空港へと走り去っていくシャトルバスに乗っている私に、そう問いかけていたのではないか。この少年は、いつバナナ売りを止めることができるだろう。そのために、誰が手を差し伸べることができるというのだろう。

20年前のミャンマーでの原体験と同様、バングラデシュでの経験もまた、私に新たな問いを残した。それも、すぐには答えを見つけられそうにない問いだ。

4月に来日したワールド・ビジョン総裁のアンドリュー・モーリー「困難な課題に取り組むために、あなたの信仰はあなたをどのように支えているか」と問いかけた。
そのときワールド・ビジョン・ジャパン事務局長の木内が答えた言葉が、今、胸に響く。

…Although it is difficult, or maybe, because it is difficult, I need to do this… because God’s plan is really beyond our imagination

難しいかもしれないが、いや、難しいからこそ、私はやる必要がある。…なぜなら、そのようにして取り組んだ先に、私の想像を遥かに越える結果が待っている。

難しいかもしれないが、いや、難しいからこそ、私はやる必要がある。…なぜなら、そのようにして取り組んだ先に、私の想像を遥かに越える結果が待っている。

ワールド・ビジョンの活動を通して繋がれていく祈りに希望を置きながら、与えられた大きな問いに向き合い続けたい。

「将来は大学の教員になりたい」と夢を語った少年と筆者

「将来は大学の教員になりたい」と夢を語った少年と筆者

サポートサービス部 教会コーディネート
長下部 穣

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長下部スタッフとともにバングラデシュを訪問した、クリスチャンアーティストで牧師の長沢崇史さんにご協力いただき、スペシャルライブを開催します!

・開催日時:8月24日(土) 13:00-14:30
・会場:聖書キリスト教会・東京教会 (江古田)
・参加費:無料

長沢さんがバングラデシュの支援地域を訪問した時の映像紹介や、子どもたちに出会って生まれた新曲「夢を語ろう」の初披露もあります。
詳細・お申し込みはこちら

 

【長下部スタッフの過去のブログ】
ご存知ですか?クリスマスツリーを飾る「モール」の意味
世界の子どもたちに想いを馳せて
恐れの時代に、希望を届ける
研究の道からNGOへ~ミャンマーの旅で芽生えた想い~

この記事を書いた人

WVJ事務局
世界の子どもたちの健やかな成長を支えるために、東京の事務所では、皆さまからのお問合せに対応するコンタクトセンター、総務、経理、マーケティング、広報など、様々な仕事を担当するスタッフが働いています。
NGOの仕事の裏側って?やりがいはどんなところにあるの?嬉しいことは?大変なことは?スタッフのつぶやきを通してお伝えしていきます。
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