【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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平和へと向かう現地の力

スリランカの男の子とお母さん

スリランカの男の子とお母さん

苦境の中にいる人々を助けたい―そんな想いから生まれる「支援」はほとんどの場合、いつだって純粋な「善意」である。しかし、その「善意」から生まれたはずの「支援」が時として苦境の中にいる人々に思いがけない悪影響を及ぼすことがある。例えば支援対象地域に二つの対立するグループがあったとする。双方とも支援を必要としているのに、もし片方のグループのみが支援を受けるとどうなるだろうか。高い確率で両グループの緊張は高まり、対立は深まるだろう。しかしその状況を事前に知っていて対立を和らげる方向で活動を計画できれば、あるいは地域の平和に貢献することができるかもしれない。

善意のはずの支援を苦い結果にしないために、ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)は紛争予防・平和構築に力を入れている。ジャパン・プラットフォームの助成金を得て実施しているスリランカ北部での生計回復支援の支援対象地域でも、紛争予防・平和構築のための新しい方法を取り入れることにした。

WVJの生計回復支援は社会的に最も脆弱な立場に置かれた人々を対象にしているが、実際にどの世帯に生計支援を行うかに関して、これまではWVJと村長、住民組織(村落開発委員会)の代表が一緒に相談しながら決定していた。概ね問題はなかったものの、コミュニティの一般住民にしてみれば、「自分たちの知らないところで、支援団体と一部のコミュニティの人々が勝手に決定している」という思いもなくはなかったようだ。住民は皆、帰還民で多かれ少なかれ、同じように困窮した状態に置かれているので、大半が支援対象に選ばれることを心待ちにしている。そんな状況なので支援対象から外れた人がやっかみ半分に「えこひいきだ」と噂を流すこともあったようだ。支援地域の人々の間に分断や争いではなく、連帯と平和をもたらすにはどうすればよいか―。考慮の末、支援対象世帯を選ぶプロセスにコミュニティ住民がもっと参加できるようにすることにした。

話し合いの様子

話し合いの様子

そして支援対象地域の村で住民説明会を開いた日。説明会では村長や住民組織の代表があらかじめ選んだ支援対象世帯を発表した。異議があれば誰でもその場で発言することができる。村長が選ばれた支援対象者の名前を一つ一つ読み上げた。時々、集まった住民の中から声が上がる。
「その家はトラクターを持ってるよ」
「それは買ったんじゃなくて借りてるんだよ。リース代がかかるから生活は苦しいんだ」
「でもリースできる家はまだ余裕があるんじゃないかな。リースなんて、とても考えられないほど困っている家庭はまだたくさんあるから、そういう家庭を優先した方がいいと思う」

いくつかの議論が起こり、多くの住民が意見を述べ、それぞれに結論が出された。そうして、いくつかの支援対象者の名前が消され、より必要性が高いと思われる対象者の名前に置き換わった。村長が最後の一人の名前を発表した。その途端、住民から一斉に「反対」の声が上がった。

「彼女はもう他の団体から2回も支援を受けているよ。一度も支援を受けていない家がいっぱいあるんだから、それは不公平だよ」
「支援はたいてい女性が優先されるけど、男性だって同じように困ってるんだよ。」
「うちはまだ一回も支援を受けたことがないんだから、今までに支援を受けた人より優先されるべきだわ」
皆が口々に反対意見を述べ、その場はひとしきり騒然とした。やがてその波が少し収まった時、一人の女性が思い切ったようにすっと立ち上がって言った。
「彼女は確かに今まで2回支援を受けたけど、彼女が本当に苦しい状況にいるのは、みんな知ってるでしょう?私はもう一度、彼女にチャンスをあげてもいいと思う」
その場は水を打ったようにシーンと静まり返った。そして、やがてあちこちからポツリポツリと声が上がった。

「私もいいと思う」
「私も」
「賛成」

スリランカの赤ちゃん

スリランカの赤ちゃん

村長がみんなに問いかける。
「本当にみんな、彼女にこの機会をあげてもいいんだね?」
今度は一斉に返事が返ってきた。「あげていい」。大半の女性たちからだった。男性たちは苦笑いのような表情を浮かべて無言でいる人が多かったが、もう誰も反対の声を上げる人はいなかった。

私はこの人々は公平さよりも、「自分たちにとって正しいと思えること」を選択したのだなと思った。自分の利益を追求するより、自分より苦しい立場にいる人を助けることが大切なのだと、自分たちのコミュニティをこういうものにしていくのだという住民の明確な意思表示を見た気がした。

住民説明会が終わり、私たちスタッフがその場から歩き出した時、住民の間から大きな拍手が沸き起こった。人々は皆、笑顔だった。その誇らしげな拍手は、自分たちの選択を喜び讃える拍手に私には聞こえた。

後日、その村を再び訪れ、住民から話を聞く機会を設けた。
「今まで自分が支援をもらうことばかり考えていて、自分たちの中で誰が支援をもらうべきか、なんて考えたことがなかった。自分は支援対象から外れて残念だけど、一番困っている人たちが選ばれたからよかったと思う」という声が口々に返って来た。

「こうして私たちの意見を聞いてくれたのは、ワールド・ビジョンが初めてだった。この方法は考え付く中では一番いい方法だと思う。今度、行政や支援団体がやって来たら、この方法を提案してみるよ」と一人が言い、みんなが笑った。明るくすがすがしい笑顔だった。

争いは人の心が生み出すものだけれど、同じ人の心は平和へと向かう力も生み出すことができる。その力を信じて、現地の人々に寄り添いながら、その力を引き出すきっかけを作り出すこともNGOの大切な役割なのだと、その日私は改めて心に刻んだ。

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