私が担当している母子保健事業では、地域の女性たちを地域保健ワーカーとして育成し、彼女たちを通して母子保健・栄養に関する知識を広めることを事業の主な目的としています。 啓発活動やトレーニングは、例えば施設建設や物資を支給する活動に比べていまいち具体的な成果が分かりにくい…と私自身思ったことがあります。この事業地へ出張する中で、そんな私に「知ること」の持つ力を教えてくれた2人の女性たちをご紹介します。
ナンサリさん (ネパール ドティ郡)
2018年7月にネパールの事業地、ドティ郡を訪れました。丘陵地帯に点在した村々を目指してバイクすら通れない道なき道を毎日延々と歩き続ける、まるでトレッキング旅行のような出張でした。 車を降りて2時間程山道を下って辿り着いた村で、事業で育成した保健ボランティアになってまだ5か月のナンサリさんに話を聞きました。
通訳をしてくれたスタッフが現地語ではなくネパール語を話したためか、こちらの質問になかなか答えが続かなかったのですが、同席していた親戚の方の「最近は母親グループのミーティングで進行係もやっていて優秀なのよ」というコメントに対してこんな話をしてくれました。
「私はとても恥ずかしがり屋で、夫や家族以外の人の前で話すことが大の苦手でした。新しく会った人に自己紹介すらできなかったんです。 ミーティングの進行ができるようになったことには自分でも驚いています。人前で話すことが容易にできるようになったのは、トレーニングで保健や栄養について学んだからです。正しい知識に基づいて話しているという自信がつき、自分は他の女性たちに働きかける立場にあることに責任感を持つようになりました。最近になって、近所の女性たちが悩み事の相談をしに私のところに来てくれるようになり、嬉しく思っています」
この日は本人が言うとおりとてもシャイだったナンサリさんでしたが、普段ははつらつと活動をしているのでしょう。彼女の地域を担当する事業スタッフが「いつもと様子が違う…」と困惑していました。
彼女はたった4日間のトレーニングを半年前に受けたばかり。それだけでこんなに人って変われるのか…!と思わされた女性でした。
へムラタさん(インド サーガル県 )
2017年11月、インドの事業地の中でも特に交通の便が悪く、畑の中を4キロ程歩いて辿り着いた村で、インド政府の定める地域保健ワーカーであるASHA(Accredited Social Health Activistの略。ashaはヒンズー語で「希望」の意)の方に会いました。
この遠隔地で働くへムラタさんは、私が自己紹介を終えた途端、堰を切ったように話し始めたのがとても印象的でした。 彼女は自分のコミュニティ内の保健・栄養の現状をきちんと整理して教えてくれ、「私には妊婦の健康状態や危険サインについての知識が足りない」と自身の能力もきちんと把握していた様子に感心したのを覚えています。
ASHAも事業のトレーニング対象ですが、この時はまだこの村で本格的に活動を展開していませんでした。現在の仕事上の課題について聞くと、政府のトレーニングの連絡を数年間受けていない、妊産婦に世帯訪問をしても話を聞いてくれない、同じ地域の他の保健ワーカーが頼ってくれない、学校の教室を借りて活動しているので迷惑がられる…とたくさんの悩みを、少し涙を浮かべながら話してくれました。
約1年後の先月、機会があり現地スタッフを通して彼女のその後について聞くことができました。
「1年前、夫は仕事もまともにせずにお酒を飲んでばかりでした。私が一生懸命働いても、夫が毎日お酒とたばこを買ってしまうので生活がとても苦しく、真剣に離婚も考えていました。事業が開催する保健ワーカーの月次ミーティングが始まったのはそんな時でした。酔っている夫が怖くていつも避けていたのですが、きちんと話をするように背中を押してくれたのはワールド・ビジョンのスタッフです。応援してくれる人がいることに勇気をもらい、その日から私は、帰宅した夫に向かって彼の飲酒が家計や子どもたちにどんな影響を与えているか、はっきりと伝えることができるようになりました。夫の飲酒の頻度は徐々に減り、今では収入も安定しました。おかげで私はASHAの仕事で得た収入を貯金することができ、先日貯めたお金で新しい家を建てることができました。
この村の人々や私の仕事にも様々な変化が見られます。支給される食べ物をもらいにいくだけの場所になっていたアンガンワディ・センター(幼稚園の一種)は、母親たちが啓発活動を通して保健・栄養に関心をもつようになったため、今では学びの場所になっています。私は、同じくアンガンワディ・センターに滞在する時間が長くなった子どもたちにアルファベットや童謡を教えるようになりました」
保健ワーカーのミーティングは、主に仕事上の活動内容の確認と情報共有のためにもたれるものです。でも遠隔地で活動する女性たちにとっては、自分が独りではないことを確認する機会でもあるのかもしれません。
私が会った時、話を聞いてもらえるのが本当に嬉しそうだった彼女が、仕事だけではなく家庭でも心細い思いをしていたのだと知って心苦しくなる一方、今の様子を聞いてとても嬉しくなりました。
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普段、SNSやインターネットを通して情報にあふれた生活をしていると、仲間との繋がりを確認したり知識を得たりする機会は当たり前のように得られます。でも、彼女たちのような支援地で暮らす人々にとって、「知ること」自体がすごい力を秘めた大事な贈り物なのかもしれません。
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この記事を書いた人
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大学では国際政治経済を学び、卒業後英国ブラッドフォード大学で平和学修士課程を修了。その間NGOでのインターンを経験。
2017年4月にワールド・ビジョン・ジャパンに入団。2022年4月からベトナム駐在、その後2023年5月からラオス駐在。
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