【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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18歳、難民居住地で暮らす。将来の夢はジャーナリスト。

内戦の只中にある南スーダンは、絶望的な状況だ。
でも、18歳のモーセは、そう捉えていない。

モーセ

モーセ

父を内戦で失い、孤児となったモーセは、2016年9月、たった一人で南スーダンのイエイという町からウガンダのビディビディ難民居住地に逃れてきた(下の地図 は南スーダンからウガンダに逃れた難民の移動を示したもの。2016年10月16日)。

難民流入の地図

難民流入の地図

 

南スーダンを逃れる前は小学校8年生だったモーセ。現在は、本来より3学年下の高校2年生として年下の子どもたちが多いクラスで勉強を続けている。
どうしてこのような状況で希望が持てるのだろうか。

モーセは、ウガンダに逃れた3カ月後、2016年12月からワールド・ビジョンが支援しているピースクラブ(平和を推進するクラブ活動)に参加。クラブでは、子どもや青少年が平和の担い手(エージェント)として子どもたちやコミュニティの人たちに対して、自分とは違う民族を憎むのではなく、相互理解を深めるよう啓発活動を行っている。モーセは、活動を通して、友だちが、コミュニティが変わっていくのを目の当たりにしたという。

「南スーダンでも、ピースクラブを広めることができると思う?」と聞いてみたところ、
「そうだ」、とモーセはいう。

「将来の夢は?」と聞いてみたところ、
「ジャーナリストになりたい。南スーダンに戻りたい」、とモーセは夢を語ってくれた。

モーセの祖国、南スーダンでは、国外に逃れた人々は、2,587,491人 。ほぼ4人に1人が国に逃れたことになる(2018年5月末現在)。ウガンダへの避難者は1,061,892人。うちモーセが住むビディビディ難民居住地には287,801人が住む(だいたい東京都目黒区の人口くらい)。

私も、今の南スーダンが独立する前の2007年5月から2010年5月までの3年間、スーダン南部の北東部にあるアッパーナイル州に駐在したことがある。このため、2013年12月の紛争の勃発、2016年7月のジュバでの紛争の再発は、憤りと深い悲しみと、やるせない気持ちでいっぱいだった。

モーセと話をしていて、「平和は一人から始められるんだ」ということを改めて実感した。

モーセと筆者

モーセと筆者

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6月20日は世界難民の日。
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この記事を書いた人

伊藤真理支援事業第1部 人道・開発事業第3課 課長
大学でスワヒリ語(東アフリカの言語)・アフリカ地域学を学んだ後、在ケニア日本大使館において在外公館派遣員として勤務。そこで、ストリートチルドレンへのボランティアを経験したことから、困難な状況にある子どもたちへの支援がライフワークに。留学、タンザニアでの協力隊を経て、2003年2月よりワールド・ビジョン・ジャパンに勤務。リベリア、スーダン、南スーダン駐在を経て、2010年5月より東京事務所勤務。現在、緊急人道支援課長。関西に住む3人のかわいい甥っ子・姪っ子たちの成長が元気の源。
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