それは恐ろしく深い眠りの中で起こった!
日本からアフリカへ行くのは長旅である。元来飛行機の中では眠ることができない私は、風邪薬等を飲み少しでも睡眠をとれるよう試みるのであるが、2時間ぐらい寝られればいい方で、いつも寝不足のままアフリカに到着するのである。 そのときの目的地はルワンダであった。例によって格安のルートである、タイ航空とケニア航空を使ってバンコクとナイロビ経由で首都のキガリに向った。 途中バンコクでケニア航空の出発が5時間遅れ、結局予定していたナイロビからキガリ行きの朝9時の便に乗り遅れてしまった。それでも同日の午後5時の便に振り替えることができ、殆ど40時間近く充分な睡眠をとる事が出来ずに目的地であるキガリに到着した。空港からホテルに向う車の中で私の出迎えに来てくれたワールド・ビジョン・ルワンダ代表と明日からの予定の確認を済ませた。そしてホテルにチェック・インして部屋に入るやいやな、シャワーを浴び、私の出張時の「伝家の宝刀」とも言うべきカップ・ラーメンをすすり、そして崩れるようにベットに潜った時は、午後8時を若干回ったところだった。「ヨーシ、寝るぞ~! これから朝までの眠りの時間を邪魔するものは何もない!」と心の中で宣言したのと同時に意識が遠のいていったような気がした。
ふと、喉の辺りにビー玉のような物体が触れたときのようなヒッヤとした感触に深い眠りから意識が呼び起こされてしまった。そしてそのビー玉が喉もとから肩の方へ動いた瞬間に無意識の内に右手がその物体を掴み手の平の中で握り潰していた。するとその手の中でビー玉は弾け、暖かな液体が拳の中に伝わって行くのを感じた。と、瞬間に私の中の自己防衛本能は反応し、上半身を起こし、半身になってベット・ランプのスイッチを押していた。明かりの中で見えた手の平を赤く染める液体が血であることに間違いなかった。「何じゃ、こりゃー」と自問する自分は、しばらく手の平を凝視している。 (このシチュエーションどこかで見た気がする? そうだ「太陽にほえろ」の殉職して行くジーパン刑事だ。でも、このまま虫に食われて殉職するわけには行かない。)
手の平を染めた血の量は、これが全部自分の体から吸われた血なのか少々信じがたい多さであった。つぶれた虫はゲンゴロウかゴキブリのようにも思われたが、渾身の握力で潰したために原型は留めていなかった。 まだ他にもいるのではないかと恐る恐るさっきまで頭を横たえていた枕を裏返してみると、そこには5~6匹程度の黒く光る薬指の爪程度の甲虫がベットのヘリにへばりついていた。何だか判らなかったが恐怖心と血を吸われた復讐心からアドレナリン値100%の勢いで、全てをベットの上であっという間に押しつぶしてしまった。虫はそれぞれプッチ、プッチという音を立てて吸った血と共に破裂し白いシーツを赤く染めた。血を吸う虫といえば、蚊、ノミ、ダニ、ブヨ、アブが考えられたが、この種の甲虫類に刺されたことはなかった。こんな得体の知れない虫がいる以上、このベットで寝るのは気持ちが悪かった。が、時計を見るとまだ朝の2時だ。今からフロントに言って部屋を変えてもらうのも面倒に思われた。また、アドレナリンが出まくった後で、一時の自己防衛本能が強烈な睡眠欲に支配されだされていった。そこでとりあえず、まだ虫がいないかとベット全体をチェックしてみたが、なんと毛布を包んでいるシーツの折り返しの裏に小さいサイズの物が10匹ほどいるではないか。しかし先ほどの勢いで同じように全てを潰してしまった。そして最後に、ベットの上に立ち、シーツと毛布の端を掴み、勢いよく何度も振り広げたが、虫らしいものは出てこなかった。少しは気持ちが落ち着いたので、刺された体の方に意識がまわった。刺された部分は、少々の痒みはあったが、腫れも出血もなかったので安心した。そしてその安心が抵抗できないほどの眠気をもたらす結果となり、なんとそのまま血だらけのシーツの上で朝まで寝入ってしまったのであった。
-つづく
この記事を書いた人
- 大学卒業後オーストラリア留学などを経て、青年海外協力隊に参加モロッコに2年間滞在。1989年にワールド・ビジョン・ジャパン入団。タイ駐在などを経て、1997年より支援事業部部長(旧 海外事業部)。現在までに訪れた国数約85カ国。4人の子どもの父親でもある。2014年3月退団。
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