【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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あるNGO職員と南京虫(終章)

2012年9月の中旬、私はヨーロッパの西の果てアイルランドの首都ダブリンにいた。

大変重要な国際会議が、いつもこの時期にタイのバンコクで開催されていたが、今回はアジアまで長旅を強いられるヨーロッパの支援国スタッフのたっての願いで、ダブリン開催となったのである。

私としても、渡航に時間は掛かるものの残暑が長引く日本を出て涼しいダブリンでの会議は大歓迎であった。一応出発前は当地の天候と気温をチェックして、長袖のシャツに薄手のジャンバーのようなものをスーツケースに詰め込んだ。

ダブリンに到着した日は確かにネットで調べた通りの初秋の天候と気温であったが、しかし翌日から小雨のぱらつくどんよりとした日になり、気温は日中でも15度を切るようになっていった。夜になるとさらに冷え込みホテルの部屋では暖房が入れられた。“暖房を入れる”とは若干古い表現であるが、実際に会議の会場でもあったホテルはダブリン中心部にある歴史を感じさせる由緒あるホテルであり、よって設備も古く部屋にはエアコンではなくセントラル・ヒーティングのパイプが引かれていた。

ケニアの支援地の人たちと筆者(左端)

ケニアの支援地の人たちと筆者(左端)

さて肝心の会議はというと、「事業の質を向上させるための統一的な事業管理」という議題が中心であったので、日を追うごとに各国の意見の違いが浮き彫りになり議論がヒート・アップして行った。暖房の入った閉めきった会議場の空気は淀み、日に何度か窓を開けフレッシュな空気を入れ替えて参加者の頭を冷やすほどであった。

そんな緊迫した空気の中で日本語でさえ議論の不得手な私が、英語を母国語としているほとんどの参加者と意見を戦わすことは、大きなハンディーがあった。なので、会議が開催される前に資料チェックを行い、自分の論点を英語で整理して書き留めておくことは欠かせなかった。会議開催中も夜になるとホテルの部屋で明日の議題のチェックや論点の整理をしてから床に就くのである。

会議も今日が最終日という朝、幾人かの参加者と一つのテーブルを囲み世間話に花を咲かせながら朝食を取っていた時であった。私の耳が少し離れたテーブルに座っていた参加者グループの会話の中からある1つの単語だけを確実にキャッチし脳を覚醒させているのだった。

その単語は、“ベット・バック”つまり南京虫である。私にとって南京虫は憎むべき天敵のような存在で、一度目の被害はルワンダ・キガリの有名ホテルであり、2度目は、なんとナイロビからドーハのフライトの機中であった。(その時の様子を詳しく知りたい方は、「あるNGO職員と吸血虫、2007年」「南京虫リターンズ、2009年」お読みください)

朝食が済み、皆は立ち上がり会議場へ向かったが、私だけは他のグループのテーブル前に立っていた。「さっき、“ベット・バック”って言っていたよね?」
と藪から棒に尋ねてみると、カナダから参加した温厚なアリが、「そうだよ、“ベット・バック”さ。実はシンディー(ニュージーランド事務所からの参加者)が部屋で刺されたらしいんだ」私は驚きを隠せなかった。

ケニアの支援地の子どもと

ケニアの支援地の子どもと

衛生環境の悪い地域なら分るが、ここはダブリンの中心地である。アリの推理では、ここは歴史のあるホテルでカーペットなどが古くベット・バックの住む温床になっているのではないか。そしてこの寒さで暖房が入って虫たちの活動が活発になったのではないかというものであった。

とにかくシンディーは被害にあったのは事実らしかった。私はまさかとは思ったが、体のどこかが痒いという自覚症状はまったくなかった。ただ、シンディーの部屋も私と同じフロアにあったこと、南京虫に刺されたら2日間ぐらいは痒みも腫れも出ないという経験から、その夜はシャワーを浴びたに後に鏡の前で直視するのに忍びないほどメタボ化してしまった全身を丹念にチェックしていた。

しかし、幸いなことに刺されたような箇所は見つからなかった。その夜は早めに床に就き、明日の帰国への旅に備えた。

帰国便はパリ経由であったが、同日の成田へのフライトが一杯だったことからパリに1泊しなければならなかった。夕方に予約したホテルに無事到着し、早速パソコンを開いてメールのチェックをしていた時である。パソコンのキーをたたいている右の人差し指と中指に違和感を覚えたのである。恐る恐る手を開いてみると人差し指の付け根と中指の第1関節と第2間接の間に赤いふくらみができている。そしてそれは、南京虫に刺された時の膨らみと赤みに酷似していた。しかしこれが南京虫だと断言することを私の理性は拒んでいた。「これは、何かにカブレたか、蚊に刺されたに違いない」

しかし、時がたつにつれて現れてくる独特の痒みと赤い膨らみの中心にでてきた小さな水泡、これらの状況証拠は、南京虫が犯人であることを雄弁に語っている。それでも信じられない私は、ネットで「ダブリンの南京虫」と検索し調べてみた。驚いたことにダブリンの安宿に泊まり南京虫の被害にあった日本の旅行者の複数のブログにヒットしてしまったのであった。 もう受け入れるしかない。私は南京虫に3回刺されてしまったのだ。

帰国してから、刺されたところは痒さを増していった。しかし、こういう類の虫は、身体の柔らかい部分を刺すのが常だが、どうして今回は手のひらのしかも固いタコ部分なんか噛んだのだろうか? ともかく場所が場所だけにパソコンで作業をしいると痒さと腫れの違和感でうっとうしい。すこしでも早く腫れを引かせようと思い切って晴れの真ん中にある小さな水泡を左右の指の爪で破った。そして親指で腫れをしごくと水が出て血が滲んできた。

それから数日間は、患部を掻くと痒さと痛さの交差する微妙な快感が味わえたのだった。そして、なんだが南京虫という天敵を制覇したような奇妙な満足感に浸っている自分がいたのである。

-おわり

この記事を書いた人

高瀬一使徒
高瀬一使徒
大学卒業後オーストラリア留学などを経て、青年海外協力隊に参加モロッコに2年間滞在。1989年にワールド・ビジョン・ジャパン入団。タイ駐在などを経て、1997年より支援事業部部長(旧 海外事業部)。現在までに訪れた国数約85カ国。4人の子どもの父親でもある。2014年3月退団。
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