【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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アッパーナイル便り(4) 一年を振り返って

2007年8月8日で、アッパーナイル州における帰還民支援を開始して1年が経った。この1年を振り返ると、昨年12月にアッパーナイル州の州都マラカル市で武装勢力・政府軍との間の戦闘が発生したり、同市内や州内の産油地域では、今年7月9日のスーダン政府軍撤退期日[i]にスーダン政府軍が撤退しなかったため、緊張が高まったりするなど、平和を脅かす火種はまだ存在するということを切実に感じた。とはいうものの、マラカル市から事業地の拠点があるアッパーナイル州パニカン郡ニルワック村にあるワールド・ビジョンのキャンプまでボート、車、徒歩で移動する際に、また事業地を歩いていていて人々の活気のある営みを見ることが出来る。

アッパーナイルで同僚に「今年と去年との違いは?」と聞くと、次の答えが返ってきた。

1)あちらこちらの村で、帰還した村人がトゥクルと呼ばれる家を建て始めた。

2)農村部が平和になった。

3)建築資材、藁(わら)、家の塀などに使用されるゴザなどをマラカル市で売ったり、砂糖、塩、食用油、小麦粉をマラカル市で仕入れ、村で売ったり、収穫前の食糧が少なくなる時期に売るために収穫時に主食のソルガムを仕入れたり、小規模の商いに従事する住民が少しずつ増えてきた。

いかだに藁(わら)やゴザを積んでマラカルまで運ぶ

いかだに藁(わら)やゴザを積んでマラカルまで運ぶ

4)村々で家畜の数が増えてきた。NGOの家畜の支援(re-stocking project)や商いの売り上げで家畜を買ったりしているようだ。

川沿いに放牧されたシルックの家畜

川沿いに放牧されたシルックの家畜

5)ナイル川の対岸は、かつてスーダン政府側の武装勢力の勢力下にあったため、そこで耕作することはスーダン人民解放軍(SPLA)勢力下にある村人にとっては危険で不可能であったが、今では治安の問題なく対岸に渡って耕作することが可能となった。

6)ナイル川や支流のロロ川沿いの村々から3時間程度に位置する森林は肥沃で、かつては、そこに近づくとアラブ系遊牧民の襲撃に遭う危険があったため、住民は襲撃を恐れて森林の耕作を最低限に抑えていた。今年は、アラブ系遊牧民がいないため、より多くの住民が森林で耕作するようになっている。

7)ワールド・ビジョンが浄水装置を設置した地域[ii]では、住民が飲み水には浄水装置で濾過した水を、洗濯にはナイル川の支流ロロ川の水と使い分けている。

ワールド・ビジョン・ジャパンが設置したニヤール村の浄水装置

ワールド・ビジョン・ジャパンが設置したニヤール村の浄水装置

8)教師用住居(トゥクル)がないとマラカル市からなかなか先生は赴任しない。そのため、教育熱心なシルック王の一声で、今年5月~6月の間、シルック王国の各地で、教師用トゥクルが住民の手で建てられた。噂によると、正当な理由なく参加しないと牛が課されるとのこと。マラカル市の政府の役人も休暇を取って故郷の村に戻りトゥクル作りに参加したという。

住民により立てられたウィルパトゥニャン小学校の教師用トゥクル(写真右手) 

住民により立てられたウィルパトゥニャン小学校の教師用トゥクル(写真右手)

7月1日から新学期が始まり、子どもたちの笑い声が学校から聞こえてくる。ワールド・ビジョン・ジャパンの事業地であるアッパーナイル州パニカン郡パカン小学校では木の下で、パクワ村ではUNICEF支援のテントの教室で、ウィルパトゥニャン村のウィルパトゥニャン小学校[iii]では、建設中の校舎の中で子どもたちは一生懸命に学んでいる。先生の数、子どもたちが雨の日でも安心して学ぶことが出来る校舎、教科書、十分な椅子と机が一年経った今なお課題である(写真の机と椅子は高学年生用)。

パカン小学校の子どもたち

パカン小学校の子どもたち

[i] 2005年1月9日に締結された包括平和合意(CPA)の警備上の合意では、スーダン政府軍の南スーダンから1956年1月1日に設定された境界線の北への撤退スケジュールについて明記されている(第1回目:2005年7月9日までに17%、2回目:2006年1月9日までに14%、3回目:2006年7月までに19%、4回目:2007年1月9日までに22%、第4回目:2007年7月9日までに28%)。
[ii] これまでにジャパン・プラットフォームと支援者の皆様の支援を受けて、6ヶ村に10基設置し、現在5ヶ村で浄水装置の設置を行っている。
[iii] パクワ、ウィルパトゥニャン小学校にはジャパン・プラットフォームと支援者の皆様の支援を受けてトイレ(4穴)を各1ヶ所設置し、パカン小学校では現在トイレを建設中である。

この記事を書いた人

伊藤真理
伊藤真理支援事業部 緊急人道支援課 課長
大学でスワヒリ語(東アフリカの言語)・アフリカ地域学を学んだ後、在ケニア日本大使館において在外公館派遣員として勤務。そこで、ストリートチルドレンへのボランティアを経験したことから、困難な状況にある子どもたちへの支援がライフワークに。留学、タンザニアでの協力隊を経て、2003年2月よりワールド・ビジョン・ジャパンに勤務。リベリア、スーダン、南スーダン駐在を経て、2010年5月より東京事務所勤務。現在、緊急人道支援課長。関西に住む3人のかわいい甥っ子・姪っ子たちの成長が元気の源。
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