【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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あるNGO職員と異文化対応術

世界には多種多様な文化や習慣があり、それらは敬意をもって受け入れるべきであり差別や偏見をもって対応するなど、NGO職員としてあってはならない。

ただ、私自身は、現在に生きる日本人であり、時には肉体的に対応しがたい文化や習慣がある。これは、そのような状況で難を逃れた異文化対応術のひとつのエピソードである。

1992年ガーナ アシャンテ州の部落にて-

ガーナの現地スタッフとチャイルド

ガーナの現地スタッフとチャイルド

この地方の村では、ほかのアフリカの村々と同じように遠方からゲストが訪問するとなると、それはそれは最高のもてなしで迎えてくれる。ガーナ、アシャンテ地方に調査に行った際に立ち寄った部落では、私たちの車が到着するのを今か今かと待ちわびる人々がその存在をまだ遠くに確認するや否や、伝統的な太鼓が鳴りだし、それに合わせてダンスと歌が始まり大歓迎式典の幕開けとなっていった。

“時間が押しているから、この部落ではあいさつ程度にしておこう”という先ほどまでの現地スタッフとの車中合意は、強烈な太鼓のリズムに狂喜乱舞する人々を前にあっさりと効力を失っていた。

車から降りすると集まった村人ざっと300人ほどの輪に迎えられた。そしてその輪の中心に伝統的なダンスが繰り広げられている。ダンスは小学低学年ぐらいから若者までの男女各グループがあり途切れることなく演じられる。そのメンバーに選ばれることはとても名誉なことらしく、メンバーに選ばれなかった子どもたちは、グループのダンスを外の輪からリズムを体に取りながら羨望のまなざしで見つめている。

そして、この歓迎式典の輪の奥に威厳を放ちながら長い杖を片手に座っているのが、ガーナではクイーン・マザーとよばれる伝統的な部落の名誉女性リーダーだ。彼女は、明らかにお年をめしておられたが何とも言えない高貴な雰囲気を漂わせている。

このお方には、中学生ぐらいの女の子の伝令がいて、10メートルほど離れたマザーの正面に配置されたゲスト席に案内された私との会話の橋渡しをしてくる。つまりこの高貴なお方とは、直接話すのではなく伝令を介してお話するのだ。

まず、伝令が私のもとに着て尋ねた。「How are you?」私は「Fine, thank you」と答える。すると伝令はマザーのもとに疾風のごとくに返し、耳もとで私の返事を伝える。そしてマザーがまた伝令に一言二言伝えるなり、再び私の耳元に取って返し「Welcome to our villege! We are so happy!!」と口上を伝える。こんな挨拶が交わされる中もダンスと歌は止むことはなく、人々の興奮も覚めることはなかった。

水を飲む男性

水を飲む男性

“アジアではこの辺でココナツジュースが出てくるな”などと思っていた矢先である、接待役らしき少年が、緊張した面持ちでヤシの実をくり抜いた器にナミナミと注がれた水を、“Please”といいながら、私の目の前に差し出してきた。私は、場の雰囲気からこれは歓迎の儀式の一部で、長旅で喉が渇いているであろう遠方よりのゲストに対して貴重な水を振舞うことで歓迎の意を表しているのだと理解した。

そして私はこの水を美味しそうに頂くことを期待されている。

10メートル先に座るマザーに視線を移すと、「召し上がれ」という雰囲気で、心もち表情が緩んでいる。
勿論この水は近くの井戸からの汲んだもので、村人の飲料水だ。しかし、ひ弱な胃腸をもつ外国人の私が飲んだらお腹を下すどころか、感染症にかかる危険性もある。さぁーどうするNGO職員。

こんな窮地に陥ると人間の脳はとんでもく覚醒され、とっさに思いついたことがあった。そうだ、“ドリフの「志村けん」になるのだ”おいしそうに器の水を口に含み、口を軽く閉じるが飲み込まず、そのまま“Thank you”と言って口を開けば、水は自然に首から胸あたりに排出される。これなら失礼にあたらないはずだ。ゆっくりと笑顔でそれを繰り返し、横に控えていた接待役に器を渡した。

ガーナの支援地の子どもたち

ガーナの支援地の子どもたち

当然、流れた水で首から胸、そしてお腹までビショビショになっていたが、真夏のような天候と歓迎ダンスと歌に沸きたつ熱気の中でのことなので、人々からの視線を浴びるような異様な絵図ではなかった。勿論、心の中は申し訳ない気持ちで一杯だったが、病気のことで団体やスタッフに迷惑をかけてもいけないし、これが最善な方法だと言い聞かせた。

口の中に残った水分はなるべく飲み込まないようにしたが、唾をするのは失礼にあたるので祈る思いで飲み込んだ。でも幸いにお腹を壊すことはなかった。様々な文化に敬意を表し受け入れるには、時として対応術が必要だ。

後にガーナに詳しいNGOの友人から聞いたのだが、あの場合、器に口を付けるだけでも失礼にあたらないということであった。それ以来、「志村けん」の術は封印している。

この記事を書いた人

高瀬一使徒
大学卒業後オーストラリア留学などを経て、青年海外協力隊に参加モロッコに2年間滞在。1989年にワールド・ビジョン・ジャパン入団。タイ駐在などを経て、1997年より支援事業部部長(旧 海外事業部)。現在までに訪れた国数約85カ国。4人の子どもの父親でもある。2014年3月退団。
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