【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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プランCを生きるということ

幼稚園の文集によると、僕の将来の夢は「野球の解説者」だった。

だけど、その理由はまるで覚えていない。なぜ野球選手でなく、解説者なのだろう。そもそも幼稚園生の自分は、野球の解説なんて聞いたことがあったのか。人生のほとんどを「サッカー少年」として過ごし、野球のルール理解も覚束ない自分にとって、それなりに謎は深い。

とは言え、幼稚園生の「将来の夢」なんて、往々にしてピカチュウとかウルトラマンとか書いてあったりするものだから、人であるだけまだマシなのだろう。それに、野球の解説者と聞けば、なんとなくメガネでもしていて、温厚そうなイメージすらある。

いずれにしても、僕は野球の解説者にはならなかった。いや、自分に限らず、幼い頃の将来の夢が人生の「プランA」だとすれば、きっと私たちの多くは、「プランB」以降を生きている。年を重ねるにつれて、自分の限界や、現実を受け入れていく過程を経て、人は大人になっていくのかもしれない。

サン・ペドロ・スーラで描く人生プラン

そんな僕の呑気な人生観はさておき、である。

殺人発生率が世界で最も高い国の一つと言われる中米の国、ホンジュラスで生きる子どもたちは、そもそもの「将来の夢」を描くことが難しい環境に置かれている。ヘルソン君は、両親から教育を受けるサポートが無く、唯一残された生きる道、「組織犯罪グループの一員になる」という運命を必死で振り払おうとする、11歳の男の子だ。

ギャングの支配地域に暮らす少年、ヘルソン君

ギャングの支配地域に暮らす少年、ヘルソン君

ワールド・ビジョンが支援するヘルソン君のような子どもたちは、組織犯罪グループらの支配と抗争の渦中に生まれ、毎週のように近所で誰かが犠牲になるような環境が「当たり前」の世界に生きている。

2023年9月、ホンジュラスでも特に治安の悪い商業都市、サン・ペドロ・スーラを訪れた時のことである。この都市は、国内外から雇用機会を求めて移民が集まる場所であり、皮肉なことに、その危険性ゆえに北米への移民キャラバンが始まる場所でもある。

トヨタの四駆に乗って事業地の集落の入り口を通った時、その地域を牛耳るギャングに雇われた監視係の若者が、手元のスマホで、訪問する僕らの様子を報告していた。ギャングに少しでも怪しいと思われれば、訪問者は銃を持った輩に囲まれる仕組みらしい。

サン・ペドロ・スーラの集落

サン・ペドロ・スーラの集落

衝撃的だったのは、子どもたちが遊べる唯一の開けた草地が、ギャング抗争の被害者を含む人々の墓地であったことだ。今にも倒れそうな木製ゴールポストのあるサッカー場の真横に、「つい先日埋められた」という複数の土の山がある。盛り土の程度から察するに、少し表面の土をどかせば、身体が見えるのだろう。その横に、比率の不均衡な十字架が刺してあることを除けば、まさか人が埋められているとは思わない様相だった。

日に日に増えていく土の山を見ながら遊ぶ子どもたちには、どんな「人生プラン」が描けるのだろう。盛り土の中に入るのか、盛り土に人を送るのか、そんな二択のようにすら思える場所だった。

負の連鎖を断ち切って

もし自分がここで生まれ育っていたら?

異国の子どもたちと触れ合った際に、私たちが自然と自問する問いである。もし僕がこのサン・ペドロ・スーラで生まれ、人生の選択を迫られたら、恐らくギャングになっていたのだろうと思う。僕もそれなりに生き甲斐みたいなものを大切にするタイプであるから、何かしらの大義名分を持って、ギャング世界で生き伸びようとしていたかもしれない。威嚇的な風貌の若者たちの目を見たとき、そんな自分が一瞬見えたような気がした。

そんな「たられば」に思い耽っていたときに出会ったのが、貯蓄グループの女性たちだった。

ワールド・ビジョンの支援を受け、貯蓄グループを作って生計向上に取り組む女性たち

ワールド・ビジョンの支援を受け、貯蓄グループを作って生計向上に取り組む女性たち(右端が筆者)

貯蓄グループのメンバー、ケイラさんも、間違いなく「理想の人生プラン」からは程遠い現実を歩んできた一人だ。暴力と貧困の蔓延るこの地で孤児として育ち、18才のころ、母とは何かを知らぬまま、母になった。自分が「親に愛された」経験がない、と語る彼女にとって、子どもたちを愛することは、どれだけ難しかっただろう。彼女の娘は、「かつて、お母さんにハグされたことがなかったの」という経験を、涙ながらに話してくれた。

カーラさん(左)とその娘(右)

ケイラさん(左)とその娘(右)

そんなケイラさんが今、地域リーダーの一人として、子どもたちを取り巻く環境改善に働いている。シングル・マザーを中心とした貯蓄グループでの生計向上に加え、子どもたちを危険から守るため、安全な学習環境の確保や、子どもを大切にする保護者コミュニティ形成を推し進めている。ケイラさんの努力は、いまや愛を込めて娘を抱きしめることにとどまらず、小さな起業を通じてささやかながら安定した収入を得、娘を大学にまで送っている。自分は受けることができなかったものを、子どもたちに与えていく、負の連鎖を断ち切る彼女のパワーに圧倒される思いがした。

逆説の生き様

ケイラさんの姿から赤外線のように伝わるエネルギーは、嘆くほかないような現実を前にしながら、「それでも」という逆説の接続詞を伴って前に進む力だ。

不思議なことだが、彼女が発していたその力は、今こうしてブログを書いている僕の中にもじんわりと残っている。心の重くなる現実に直面した時に、ただ打ちひしがれるのではなく、「それでも」という接続詞から始まる、「這い上がるための力」のようなものを受け取った気がしている。

地域のリーダーとして活動するカーラさん

地域のリーダーとして活動するケイラさん

暗闇にある光、と言っては陳腐かもしれない。でも、サン・ペドロ・スーラにおける痛みの現実の只中にあって、人々の毎日を着実に変えていく原動力があるとすれば、それは格差を広げる表層的な「都市開発」などではなく、彼女たちのような隠れたヒーローたちである。そして、ケイラさんから受け取ることのできる力は、僕のようなイチ目撃者に励ましを与えて余りあるものに思えてならない。

思い描いたプランAでもBでもない、それでいて唯一無二の自分の現実を生き抜いていく彼女の眼差しは、テレビで活躍するスポーツ選手たちのそれにも増して、勇気を与えるものだと思うのである。

 


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この記事を書いた人

神田聖光支援事業部 プログラム・コーディネーター
東京外国語大学スペイン語学科卒。中米メキシコのMUFG Bank (Treasury & Market)にて勤務、並びに現地ホームレス支援NGO Mijesに従事した後、米ノートルダム大学Keough School of Global Affairsにて開発学修士課程修了。南米チリの教育系NGO (Enseña Chile) にて、Graduate consultantとして学校改善プロジェクト実施後、外務省国際協力局開発協力総括課にて勤務。2021年3月にワールド・ビジョン・ジャパン入団。支援事業部にて、複数国の緊急人道支援や開発支援の事業管理を担当。
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