10月、ワールド・ビジョンが新年度を迎えた初日のこと。
事務局長として、私はワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフ約80名に対して、こう質問を投げかけました。
「皆さんは今、ワールド・ビジョン・ジャパンで働いていてよかったと思っていますか?」
ワールド・ビジョンは世界約100カ国で活動している国際NGOですが、どの国のオフィスでも新年度の初日にスタッフが集まり、”Day of Prayer” と呼ばれる祈りの時間を持ちます。旧年度、厳しい環境で生きる世界の子どもたちのための活動が守られたことに感謝し、何のために私たちがここに集められ、何をビジョンに活動しているのかを改めて確認する、大切な節目の日です。
事務局長の私は、毎年Day of Prayerの最後に30分ほどスタッフにむけて話をすることになっています。開き直って自分の思ったことを話していますが、正直、毎回ひやひやします。
「今、ワールド・ビジョン・ジャパンで働いていてよかったと思っていますか?」
私が今年のDay of Prayerでこう質問をしたのには、理由がありました。
最も弱い立場にある子どもたちの人生を豊かにするために、ともに地図から踏み出す関係を築けているか。
自分の考えに固執せず、壁を作らず、お互いのことをあきらめず、受入れ、認め合い理解し合えているか。
相手から傷ついたと言われるのが怖くて、あるいは自分が傷つくのが怖くて安定的な関係に甘んじていないか。
年度の始めに、思い切って自分自身に、そしてスタッフ一人ひとりに、クリティカルに問うてみたいと思ったのです。
今この質問への答えがどうであれ、この団体の門戸をたたいたときは「ここで働きたい」という願いがあったはず。子どもたちのために何かしたい、社会の不条理に正義を訴えたい、開発、ファンドレイジングや組織基盤を支えるプロとして成長してキャリアを積みたい、市民のチカラで社会を変えたい……等。
その願いをかなえるために、その時々にジブンの人生を考え、家族だったりほかのいろいろな要素を考えた結果、自分がこの道を選んだ ー 少なくとも自分が決断し行動を起こして、ワールド・ビジョン・ジャパンで働くようになったはずです。
その後、私もふくめ、おそらく私たちのだれもが、「この道でよかったのか……」と不安になったことがあると思います。
今この瞬間も飢えに苦しむ人たちや、紛争で命が奪われそうな人たち、貧困や差別に苦しむ人たちがいる。そこで働く同僚もいる。でも、日々の生活に埋もれていると、知らないうちに現場のキビシイ状況に対する記憶が薄れ、目の前のこと、自分の周りのこと、あるいは自分のことだけに集中しすぎてしまってはいないでしょうか。
ワールド・ビジョンの働きが本当に意味のある「実を結ぶ」ためには、自分のことだけに集中していてはいけない。私たちの5カ年中期計画「地図から踏み出す Marching off the Map 2025」の重点項目に「議論する力」「やりぬく力」が入っているのは、まさにこのため。そのことを中期計画の3年目が始まるにあたって、今一度、スタッフと思い出したかったのです(ちゃんと伝わるかな、、という不安も抱えつつ汗)。
そもそも「議論力」や「(ともに)やりぬく力」は、私たち同僚同士が、ここ一番というダイジな時に本気でホンネで意見をぶつけ合うことから始まると思うのです。時に混乱や衝突が生じるかもしれません。相手を理解できず、自分も理解されず、傷つき人間関係がうまくいかないと感じることもあるかもしれません。
でも、新しい意味あること(価値)を創り出していくには、これまで互いに話し合ったことのないようなホンネや、自分にはまだわからない、知らない未知ゾーンのことについても勇気を出して、プライドを捨てて、徹底的に議論することが大切なのではないでしょうか。「出ない杭なら打たれない」的な予定調和のコトナカレコミュニケーションから脱し、相手とどういう化学反応になるかわからないがまずは一歩を踏み出すーまさに「ともに地図から踏み出す」ことが、ほんとうは必要なのではないか、と思うのです。ご想像のとおり、おそらく(きっと)そのプロセスには痛みが伴います。なんだか破壊的にも聞こえてちょっと怖いですが笑。
でも、私たちが目指している「すべての子どもに豊かないのちを」という世界はまだまだ遠い。到達するには今までと違うことを違うレベルで、私たち自身が始める必要があるのではないか、と思うのです。
痛みを伴うかもしれないけれど、それを恐れず、本当の意味で安心して議論ができる同僚との関係づくりをしていきたい。そして、世界の弱い立場にある子どもたちや人々のために、存分に力を発揮できるような職場でありたい。
年度の始まりにちなみ、私自身も一歩踏み出して、ワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフに思いを伝えました。
新しく迎えた2023年度。私たちはどのような一年を過ごすことになるでしょうか。
どんな嬉しいこと、はたまた、どんな試練が、どんな道が用意されているか、分かりません。嬉しいときも、厳しいときも、スタッフ一人ひとりが、また世界にいる駐在員や同僚の仲間が集められていること、活動を応援くださるご支援者の皆さまがいることにに感謝して、この一年を歩んでいきたいと思います。
この記事を書いた人
- 青山学院大学を卒業後、国際協力銀行(JBIC)前身のOECFに入社。途中英国LSE(社会政策学)、オックスフォード大(開発経済学)での修士号取得をはさみ、アフリカ、インドネシア、フィリピンにおいて円借款業務を担当。母になったことを契機に転職。東京大学にて気候変動、環境、貧困など21世紀の課題に対応するSustainability Scienceの研究教育拠点形成に従事。「現場に戻ろう」をキーワードに08年10月よりWVJに勤務。アフリカ、中南米、ウズベキスタンを担当。2011年5月より、東日本緊急復興支援部長。2013年4月より副事務局長。2017年4月より事務局長。2020年4月より現職。青山学院大学非常勤講師、JICA 事業評価外部有識者委員、JANIC理事、日本NPOセンター副代表理事
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