ワールド・ビジョン・ジャパン事務局長の木内(きない)です。
2019年が間もなく終わり、2020年が始まろうとしています。この一年間を振り返り、来るべき新しい一年に向けて目標を考える方もいらっしゃると思います。
今回のブログでは「地図から踏み出す」をキーワードに、改めてワールド・ビジョンのスピリットをお伝えできればと思います。
「外に向かう」の意味は?
ワールド・ビジョンは、世界約100カ国で活動をしています。約3年前、この大きな組織が一致して同じ方向を目指して活動ができるように、2030年にむけて「Our Promise(私たちの約束)」という長期計画を作成しました。
「Our Promise」には、その実現のために必要な 4つの「マインドセット(心がまえ)」が書かれています。
・Unity and trust (一致と信頼)
・Wise stewardship (ゆだねられたものを、賢く管理する)
・Timely truth telling with love (真実を適切なタイミングで、愛をこめて伝える)
・Looking outward (外に向かう)
私にとって、この4つの中で一番しっくりきたのは「外に向かう」でした。
日本でまだまだ知名度が低いワールド・ビジョンですが(「旅行代理店さんですか?」と言われたことも・・・)、海外では、実はけっこう大きな国際NGOとして多くの方に知られています。スタッフの数は世界で約40,000人。組織自体が大きな社会と言っても過言ではなく、ワールド・ビジョンの中のことを考え、企画し、調整し、実行するだけでも相当なスケールなのです。
だからこそ、実は外に向かうことが弱点なのではないかと常々思っていました。
実際に、開発業界全体で見たらワールド・ビジョはまだまだちっぽけな存在です。
「外に向かう」のは本当にダイジ!
しかし説明をよくよく読んでみると、これは少し意味が違う、ということに気づきました。
「外に向かう」その先は、「Stepping out from your comfort zone(快適で落ち着く場所から外に出る)」ことだったのです。
ジブンの得意分野、あるいは慣れた仕事、場所、仲間…などの自分にとって心地良い場所から外に出ていく。たとえ不得意でも、慣れてなくても、リスクがあったとしても、ほんとうに必要なことのためには勇気を持って踏み出す。それがダイジ。それを聞いて、我が身を振り返りドキっとしました。
そんな気づきがあった矢先、ワールド・ビジョンの「外に向かう」スピリットってこういうことなのか! と、ストンと腑に落ちる過去のスピーチに触れる機会がありました。それをご紹介します。
地図から踏み出す~ムニハムのメッセージ~
かつて、Dr. Stan Mooneyham(以下、ムニハム)というワールド・ビジョンのスタッフがいました。彼はワールド・ビジョンを設立した ボブ・ピアスに続き、1969年-82年に2番目の総裁を務めた人物です。
以下にご紹介するのは、1991年に開催されたワールド・ビジョン設立40周年記念イベントでの彼のスピーチです。今となっては彼の肉声は聴けないのですが、文字で読むだけでもビジョンに満ち溢れています。スピーチ全文を載せたいところですが、ここでは中でも印象に残ったことを引用しながらご紹介します。
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ムニハムのスピーチにはいくつかのテーマがあるのですが、最も強調されているテーマは、「地図の外に踏み出し続ける」です。
ワールド・ビジョンの40年は「常に、地図から踏み出す歴史だった」と彼は話しています。激動の時代にあって、常に新しいことが求められ、革新的なことを経験してきました。たとえリスクを伴うことでも、それが途上国の人々の明日に必要なことなら、敢えてその道を求め進んできたのです。
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ムニハムは、これまでワールド・ビジョンが行ってきた、「地図から踏み出す」いくつかの例を挙げています。
1. そもそも、ワールド・ビジョンを設立したキリスト教宣教師の ボブ・ピアスが、その活動の第一歩となる中国の少女を助けた、という出来事が、当時の常識から外れた「地図から踏み出す」行為でした。
2. ムニハムがいた時代に、「全人的な開発」を目指す活動を始めたのも「地図から踏み出す」行為でした。当時は、途上国支援といえばまだ緊急援助が主流でした。もちろん緊急援助は不可欠なのですが、それだけでは人々や子どもたちは貧困から解放されない、と彼は考えました。人々が尊厳、平等、自決権を持って経済的に自立できるまでを見据えて貢献していく必要がある、ワールド・ビジョンにはそういう使命がある、という考えで始めたのが、「全人的な開発」を目指した活動 だったのです。
今や「長期開発」「包括的な開発」と並んで、開発業界の定説となっているこの考え方ですが、当時キリスト教精神に基づいた団体としてこのことに正面から取り組んだのはワールド・ビジョンが初めてでした。
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ムニハムは、人間は誰しも、腰を落ち着けたい、快適な場所の中にいたい、という傾向があるとも言いました。でも、「何かを探し求めるときのワクワクするキモチや、何かを追いかけるときのドキドキする気持ちを失ってはいけない」と彼は続けました。旅は、着いたあとより着くまでが楽しい、というように。
もちろん、その道のりが苦しいこともあった、と彼は自らの体験も振り返っています。
絶望の瞬間に
多くのインドシナ難民が海上に逃れようとした頃、ワールド・ビジョンはその惨状を見て何とかしたいと、カンボジア難民を助けるための、A国籍の船を購入しました。当時のNGO としてはリスクを顧みない思い切った行為でした。いざ、港から出港しようすると、A国政府から船籍をはく奪され、B国海軍に銃で攻撃され、C国政府はワールド・ビジョンの活動を今後一切認めないと言い、挙句の果てにD国政府から多額の罰金を科され・・・。
現代では考えられないような四面楚歌の難民支援。想像を絶する大ピンチを迎えたわけですが、ムニハムは、この絶望のときにこそ自分が「神様のとても近くにいた(鼻と鼻くらいの距離!)」と感じたそうです。
「本当の意味で『地図から踏み出す』とき、私たちは神様のすぐそばにいて、心から祈れるのだ」と、スタッフ全員で祈ったそうです。その後(いろいろな経緯があって)事態が好転し、ワールド・ビジョンのロゴのついた旗をつけた船が出港したとき、彼の頭に聖書のある箇所が思い浮かんだそうです。
「私たちは、あなたの勝利を歌い喜びましょう。私たちの神の御名により旗を高く掲げましょう。主があなたの願いのすべてを遂げさせてくださいますように」詩編 20章5節
その一連の事件の後、ワールド・ビジョンに続いて多くの団体が船でインドシナ難民を救出に向かいました。地図から踏み出し、その先に道があることを伝えれば、かならず続いてともに歩む仲間が現れ、より多くのことができるようになるということを、ムニハムはワールド・ビジョンでの日々で体感します。
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さらに、このスピーチでムニハムはこんな「原則」を強調しました。
神なしには失敗してしまうように見えるくらいの、大きなプロジェクトに挑戦する。
自分でできることを目標にして達成しても、それは単にジブンが達成した、ということになるだけです。それはワールド・ビジョンの歩んできた道と異なります。
Ted Eganという人の、「湾内に停泊する船は安全だ。しかし、船はそのためにあるのではない」という言葉があります。ワールド・ビジョンが歩んできた道は、確かに、地図にない道であり、リスクにあふれている道でした。
私は「地図から踏み出せている」か?
では、ムニハムのメッセージは今の私たちに何を伝えてくれるのでしょうか。
我が身を振り返って、考えました。
自分にできること、できそうなことだけ求めてはいないか。
知らず知らずのうちに、快適で落ち着く場所に安住していないだろうか。
リスクがあるから、大変だからと言って、地図の中に納まる言い訳にしていないか。
何かやる前にジブンの限界を決めていないか。
ワールド・ビジョンが求めてきたことが、他の国際機関や政府、企業と決定的に違うところは、ムニハムのこのスピーチの締めくくりにあります。それを紹介して、今回のブログを終わりたいと思います。
§§§§
「なぜ地図にないところを、危険を冒していくのか?
危険があるからか? 違う。
アドレナリンが出るからか? 違う。
ではなぜか。
リスクがあるところに行くのは、そこに神様がいるからだ。
神様は、安全な防空壕や守られた修道院にいるのではなく、
地平線の向こうに、山々を越えた、私たちが見えるはるか向こうにおられる。
神様は地図を越えたところにおられて、
そこに我々ワールド・ビジョンを呼んでおられるのだ。
1991年3月13日 Stan Mooneyham」
この記事を書いた人
- 青山学院大学を卒業後、国際協力銀行(JBIC)前身のOECFに入社。途中英国LSE(社会政策学)、オックスフォード大(開発経済学)での修士号取得をはさみ、アフリカ、インドネシア、フィリピンにおいて円借款業務を担当。母になったことを契機に転職。東京大学にて気候変動、環境、貧困など21世紀の課題に対応するSustainability Scienceの研究教育拠点形成に従事。「現場に戻ろう」をキーワードに08年10月よりWVJに勤務。アフリカ、中南米、ウズベキスタンを担当。2011年5月より、東日本緊急復興支援部長。2013年4月より副事務局長。2017年4月より事務局長。2020年4月より現職。青山学院大学非常勤講師、JICA 事業評価外部有識者委員、JANIC理事、日本NPOセンター副代表理事
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