【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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「欲しい」から始まる水道建設

この記事はワールド・ビジョン・ジャパンの三浦曜スタッフが執筆し、2014年4月2日付SANKEI EXPRESS紙に掲載されたものです。

低い雨雲がひとつ去ったら、またひとつ近づいてきて大粒の雨が激しく降り出した。

雨は未舗装の道を泥沼にし、川を増水させ活動をより困難にする。車は泥にはまり動けなくなり、屋外の活動に参加する住民は減ってしまう。私たちにとっては頭が痛いが、農業で生計を立てるここの住民にとっては恵みの雨だ。なにしろ4月の東ティモールは雨期なのだ。


事業地の子どもたち。笑顔が輝いている

事業地の子どもたち。笑顔が輝いている

東ティモール民主共和国(東ティモール)と聞いて、何人が正確な場所を示せるだろうか。オーストラリアの北に位置するこの国は、アジアで一番新しい国家だ。

1999年にインドネシアからの独立が住民投票で可決され、2002年に国家としてのスタートを切った。1975年にインドネシアに統合されてから、27年後のことだ。太平洋戦争時には日本軍の占領下にもあったため、日本とも関わりが深い。

独立してから約12年の間で、軍部隊の反乱に伴う治安悪化や大統領暗殺未遂という困難を乗り越えてきたが、保健、教育、治安、雇用など課題は多い。特に、道路や水道などのインフラの整備、保健や教育環境の改善が急務で、政府の手が回りきらない部分をNGOや国連などの援助機関がカバーしている。


衛生啓発活動で小学生が描いた絵。村まで水が通り、環境が綺麗になっている

衛生啓発活動で小学生が描いた絵。村まで水が通り、環境が綺麗になっている

ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)が事業を行っているボボナロ県は山岳地帯で農村が多く、住民は小規模農地からの収穫で、自給自足に近い貧しい生活を強いられている。


事業地を行進して、手洗いの啓発をする子どもたち

事業地を行進して、手洗いの啓発をする子どもたち

水道がない上に、水源から離れている村が多いため、水くみに毎日数時間費やす集落もある。10キロ以上の水を持って長い道のりを歩く子供や女性の肉体的、時間的負担は大きい。

また、手を洗う習慣がなく、トイレを使う習慣もないため屋外で用を足したりと、衛生環境は劣悪で、下痢や感染症が多くみられる。

WVJは、外務省から「NGO連携無償資金協力」という助成金を活用し、ここボボナロ県で、小規模の水道建設および住民の衛生習慣の改善に取り組んでいる。


住民たちの力で、水道が作られていく

住民たちの力で、水道が作られていく

小規模の水道のイメージはこうだ。3~4キロ離れた水源(大体は泉)から貯水槽を経て村落まで直径2~5センチの水道管を設置して水を引く。

WVJが資材と技術を提供し、住民たちが建設作業を行う。そのため、工事の進捗(しんちょく)は住民のやる気にかかっている。


「トイレを作る」 一人の奮起が集落牽引

トイレを作る男性。大きな葉っぱで壁を作る

トイレを作る男性。大きな葉っぱで壁を作る

水道の建設作業だけでなく、手洗いやトイレの使用といった習慣の変化も住民のやる気が不可欠だ。住民が「やろう」と思わなければ、いくら私たちがトイレを作っても使わないだろうし、手を洗おうと思わないだろう。

逆を言えば、住民のやる気を起こすことさえできれば、あとは順調に進む。「絶対に欲しい」と思ったものは、それが現実的に入手可能ならば、多数の人は少々困難が伴っても手に入れようとするもの。それは、日本人も東ティモール人も同じ。

水道を自分の家の近くまで引きたいと切に願い、資材と時間があるのであれば、願いをかなえるための困難も乗り越えることができるだろう。屋外で用を足す現状に危機感を覚えトイレが必要だと思うのであれば、どうにかしてトイレを手に入れようとするだろう。住民が「絶対に欲しい」と思うようになれば、後は、住民が自分たちでやろうとする力を支えればいい。


貯水槽の鉄筋を設置する様子。住民が力を合わせて行う

貯水槽の鉄筋を設置する様子。住民が力を合わせて行う

問題は、どうすれば住民に「やろう」「欲しい」という気持ちを持ってもらうかである。私たちがトイレを建てたり、専門業者を呼んで水道を作ったりするのはそんなに難しいことではない。しかしそれだけで、トイレを使うという行動の変化や、水道のメンテナンスを自力で行うという自主性の芽生えにつながるだろうか? 住民の考え方の変化や熱意がなければ、本当の変化や成果は生まれないと思っている。

WVJの事業地に、40代くらいの男性が住んでいる。彼は、水道建設の作業にはさぼらずに参加するし、近所の住民にも作業に加わるよう呼び掛ける。私たちが集落でトイレ使用の啓発を行った直後は、自力でトイレを建てた。近所に住む人々も、彼に引っ張られたかのようにトイレを建てた。


新しくできた水道で、手洗いをする子どもたち

新しくできた水道で、手洗いをする子どもたち

「ほかの住民が誰も来なかったとしても、俺一人でも作業するから見捨てないでくれ」と言った彼の言葉が、頭に残っている。

いったい何がきっかけで、彼は奮起したのだろうか? 本当に成果が残る支援とは何かということを、日々考えさせられながら仕事をしている。

この記事を書いた人

三浦 曜バングラデシュ事業担当 プログラム・オフィサー
米国Washington and Lee大学理学部化学科卒業。在学中にケンタッキー州の都市貧困にかかわるNPOでインターンをした事でNPOの働きに興味を持つ。一般企業で勤務後、帰国し2008年9月にワールド・ビジョン・ジャパンに入団、支援事業部緊急人道支援課に配属となる。2009年から2011年までスリランカ駐在、2013年から2015年5月まで東ティモール駐在。2015年8月に退職し、ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院でMSc. Public Health in Developing Countries(途上国における公衆衛生)修士号を取得。2016年10月に再びワールド・ビジョン・ジャパンに入団、支援事業部開発事業第2課での勤務を開始。現在、バングラデシュ事業担当。2018年3月退団。
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