【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

地方の保健施設で見かけた「換気口付き改良型ピットラトリン」エチオピア

トイレの話

ユニセフによると2015年時点、世界では24億人が、改善された衛生設備※を使用できていません。 不衛生な水と衛生設備(トイレ)を改善することにより、すべての死亡の6.3パーセント、あるいは少なくとも9.1パーセントの病気を防げる可能性がある...

駐在しているルワンダで、子どもたちと

「近助」と「遠助」

東日本大震災の復興支援事業に従事していた2011年、東北の町で「近助(きんじょ)」(近所の人や同じ地域の人が助け合うこと)というフレーズを耳にした。一方、ワールド・ビジョン・ジャパンが行っているチャイルド・スポンサーシップなどの開発援助・緊...

子どもたち

南スーダンにまく「希望のたね」

「希望のたね」、これはワールド・ビジョン・アフガニスタン事務局長が今年3月に来日した際に語った言葉です。 彼自身がどのようにしてアフガニスタンの小さな少女に希望の種を届けることができたのか、そして今でも多くの困難を抱えるアフガニスタンの人々...

南スーダンの子どもたち

[世界難民の日]に寄せて: 2年半前の昔話|南スーダン

大分前に、国際協力に携わる先輩たちと話していたとき、「やっぱり最初の赴任地は思い入れが深い」という話題になった。初めての赴任地は、比べる対象もない上に、日本を離れて初めて自分の足で途上国を歩む経験は、確かに新鮮だし、毎日が想定外なのだと思う...

現地の方たちと大井スタッフ

[世界難民の日]に寄せて:「だってそこは僕の国だから」

今から4年前、当時パレスチナのヨルダン川西岸地区に滞在していた私は、初めて「難民キャンプ」に足を踏み入れました 。 その時にいちばん驚いたことは、そこはすでに「キャンプ」ではなく、避難してきた人々が密集したスラム街のようだったことです。戦闘...

ワールド・ビジョン・ジャパンが設置した浄水装置の使い方を見せるポール・オットー

[世界難民の日]に寄せて:南スーダン -最前線で働く同僚との別れ

先日、南スーダンの現場からの突然の知らせに驚いた。 南スーダンでこれまで10年近く働いてきたウガンダ出身のエンジニアの同僚、ポール・オットーが今月7月末で仕事を終え、故郷に戻る。私は、2007年から2010年の3年間、アッパーナイル州でポー...

犠牲者の写真の数々。虐殺博物館にて

[ルワンダ] ぼくのお父さんは教師だった。教え子に殺された

2015年3月、17名のチャイルド・スポンサーが参加した「地球あちこち~ルワンダを知る旅」(以下、ツアー)で現地ガイドをつとめてくれたジョン。 ジョンは、ツアー初日からテンションが高く、暇さえあればジョークを飛ばして私たちを楽しませてくれる...

ルワンダの女の子と筆者

[ルワンダ] 虐殺の武器としてのHIV ~母子感染によってHIVを持って生まれた少女、マリアちゃん (パート2)

 [ルワンダ] 虐殺の武器としてのHIV ~母子感染によってHIVを持って生まれた少女、マリアちゃん (パート1)からの続き すると、思いもかけない答えが帰ってきた。 「暴行をした相手のことをはじめは憎みました。でも、憎しみを持っていたら苦...

1994年におきたルワンダ大虐殺。100日で80万人以上が犠牲に

[ルワンダ] 虐殺の武器としてのHIV~母子感染によってHIVを持って生まれた少女、マリアちゃん (パート1)

激しい殺戮の歴史があるアフリカ中部の国、ルワンダ。 22年前、この国でおきた大虐殺ジェノサイドは、「現代で最も残虐なジェノサイド」とも呼ばれる。たった3カ月間で、80万人が虐殺された。国中に遺体が横たわり、犠牲者を見ずに通れる道はひとつとし...

事前調査時の子ども (学校がないため、やることがなく児童労働に駆り出されている子どももいました)

草むらからの学校づくり~難民の子どもたちにも教育を

私は出張で、再びエチオピアの南スーダン難民キャンプの学校を訪れた。生徒が一生懸命勉強している姿を見て少し感慨にふけってしまった。 2013年12月、南スーダン危機が起き、20万人を超える難民が隣国のエチオピアに避難した。 私が事前調査で現場...

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