救急窓口では痛め止めをくれただけだった。
運悪くそれは金曜日で、翌朝長距離バスで首都に着いたが、週末はどこの歯科医も開いていなかった。半欠け前歯はズキズキと痛み、さらに何かが当たると飛び上るほどの激痛が走った。ほとんど食事もとれないまま、長い長い週末を過ごした。
待ちに待った月曜の朝、歯科医ばかりが入居するビルに行き、一番早く開いた歯科に飛び込んだ。
折れた歯は接着剤か何かで接ぎ合わせて治療するのかと思って持参していたのだが、初老の歯科医は「残念だが折れた歯はもう使えない。残った部分に金属の芯を入れて土台にし、その上に人工の歯をかぶせるのだ」と言った。その力強い言葉を頼もしく思い、安堵した次の瞬間、私の心臓は縮み上がった。彼は手に金づちと釘を持っていた。
有り得ない組み合わせにたじろぐ私の気持ちなど全くお構いなしに現実は進行した。歯科医は何のためらいもなく、小さな釘を私の残った歯の上に突き立てると、勢いよく金づちを振り下ろした。
ガキッ!!
いまだかつて体験したことのない衝撃が脳天を貫き、目に星が飛ぶという古いアニメの表現が誇張でなかったことを身を持って知った。
治療が全て終わった時、歯科医は「新しい歯は最初少し違和感があるかもしれないが、じきに慣れるよ。」と言った。その言葉を信じて日が過ぎるのを待ったが、一噛みごとに激痛が走り、とても食事などできるものではなかった。ヨーグルトやゼリーで空腹を紛らわせながら、私は憂鬱だった。もう二度と食事をおいしくいただくことはできないのだろうか。観光に出かけても心は躍らず、失意のまま、また国境を越えた。
首都に着いた時、今度は奥歯が痛くなってきた。虫歯かと思い、宿で評判のいい歯科医を聞いてそこを訪ねると、私の口の中を一目見た歯科医は顔を曇らせた。
「この前歯はどこで治療したんだね。全く合っていなくて、噛み合わせがおかしいから他の歯に影響が出るんだ。この歯はやり直さないといけないよ。」
ついこの間、かぶせたばかりの人工の歯を外して中から出てきた芯を見て、歯科医はひどくしょっぱい顔になった。
「これは何だね?」
「釘じゃないですかね。金づちで打たれましたから。」
「君は歯の治療で大工に行ったのかね?」歯科医は首を振りながら、治療を始めた。
新しく作ってもらった歯はまるで折れる前の自分の歯かと思うほどピッタリとはまり、噛み合わせても全く痛みを感じなかった。普通に食事をとれることがこれほど嬉しいのは初めてだった。
私は再び人生を謳歌した。白い砂とヤシの木に囲まれた、絵に描いたようなビーチに出かけ、キラキラ光る何万という小魚の群れと一緒に泳いだ。新鮮な海の幸に舌鼓を打ち、満天の星空を見上げて眠った。心配事は跡形もなく消えてなくなり、満ち足りた幸せな気分だった。
だが私は知らなかった。最後にして最大の災難がもうすぐそこまで迫っていたことを。
(その4に続く)
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