【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

Read Article

緊急人道支援課のスリランカ駐在スタッフとして

スリランカ東部。2mくらい冠水した集落

スリランカ東部。2mくらい冠水した集落

東日本大震災の起きた日に自分はスリランカ東部の洪水事業の事業現場にいた。

洪水で被災した子どもたちに対してノートや筆箱やペンなどの入った教育パックの配布に行くためだった。
何校かの学校で配布を行ったのだが、一番心に残っているのは幹線道路から数十分離れた村の学校だ。

この小さな村の中には小学校だけしかなく、中学校に進学するには離れた違う村まで行かなければならない。
公共交通機関がなく、歩くには遠すぎるため、自転車で子どもたちを学校に行かせることになるが、ジャングルに囲まれた道を子どもたちだけで毎日何時間も通学させるのは安全の観点から見ると問題であるため、親も子どもたちを中学校に送らせたがらず、このため中学校以上の就学率が低いという問題を抱えている。

数学が好きな子どもたちが手を挙げているようす

数学が好きな子どもたちが手を挙げているようす

そのうえ50人ほどの生徒を相手に校長と教員一人の2人体制で授業を行っており、2人の先生も離れた町の自宅から通っているため負担も大きい。

ワールド・ビジョンとしては県の教育課に掛け合って村の小学校を中学校まで拡大してもらうようにするというのが今後の目標だが、上手くいくのだろうか?(実際には、他の村で、熱心な教育課への啓発で中学校が高校まで増えたという事例はある)

この学校の置かれている状況以上に心に残ったのは配布時の生徒の反応だ。配布前に少し話をする機会があったので「算数が好きな子は手を挙げて?」と聞くと皆恥ずかしそうになかなか手を挙げない。先生とスタッフが質問を繰り返すとやっと何人か手を上げ、それにつられるように沢山の手が上がった。

教育パックを開けて見る子どもたち

教育パックを開けて見る子どもたち

少しとりとめもない話をした後配布を行ったが、子どもたちの表情は明るく、受け取った教育パックの中身を確認する子どもたちの顔に笑顔が広がるのが良く見えた。

特に低学年の子どもたちは満面の笑みを浮かべており、表情から何を考えているのか読み取れそうなくらい感情豊かに笑っていた。
自己満足でこの仕事をしているわけではないが、このような子どもたちを目の当たりにすると素直に「この事業が出来てよかった」と思わせられるし、この子たちが健やかに成長し可能性と選択肢に満ちた人生を送ることが出来るように願うばかりだ。
そして教育は人の可能性や選択肢を増やすためには不可欠である。

低学年の子はみんなこんな感じ

低学年の子はみんなこんな感じ

この教育パックの配布の後に震災に関してのニュースを聞いたのを覚えている。あの日からすでに1ヶ月以上になるが日本の同僚は震災後の援助活動で大変忙しいようだ。
スリランカにいる自分は、日本の状況は気になるし日本の為に祈ったりするのだが、日常業務自体には特に変化はない。

スリランカ東部の洪水被災者の支援にしても、スリランカ北部の内戦後の帰還民の支援にしても緊急対応ではなく復興に向けた働きが主になってきているため、震災後の日本の緊急災害という状況を見て、緊急人道支援課のスタッフである自分としては「自分はここで何をやっているんだろう?」と思ったりもする。

しかし冷静に考えてみると、自分の役割を自分が任されている場所であるスリランカでしっかりと行うことが、今自分に出来る最善のことだと思う。

自分が出来ることはまだいろいろあるだろう。
ここには中学校に行くことすら出来ない子どもたちだってまだ沢山いるのだから。

この記事を書いた人

三浦 曜バングラデシュ事業担当 プログラム・オフィサー
米国Washington and Lee大学理学部化学科卒業。在学中にケンタッキー州の都市貧困にかかわるNPOでインターンをした事でNPOの働きに興味を持つ。一般企業で勤務後、帰国し2008年9月にワールド・ビジョン・ジャパンに入団、支援事業部緊急人道支援課に配属となる。2009年から2011年までスリランカ駐在、2013年から2015年5月まで東ティモール駐在。2015年8月に退職し、ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院でMSc. Public Health in Developing Countries(途上国における公衆衛生)修士号を取得。2016年10月に再びワールド・ビジョン・ジャパンに入団、支援事業部開発事業第2課での勤務を開始。現在、バングラデシュ事業担当。2018年3月退団。
Return Top