3年6カ月前、私は一人の男の子の母親になった。出産直前まで元気に仕事をこなしていたが、さすがに出産は大変で、陣痛の痛みや苦しみがいつ終わるのか分からず、暗いトンネルの中を一人で走っているような感覚だった。しかし、息子の泣き声を耳にした瞬間、なんともいえない幸せに包まれた。
女性が無事に妊娠生活を送り、安全に出産し、子どもが元気に育つ。日本では当たり前のことだが、実は世界では当たり前ではない。
世界保健機関(WHO)と国連児童基金(UNICEF)などが共同でまとめた資料によると、妊娠中もしくは産後の女性が命を落とす割合(妊産婦死亡率)は、世界平均で10万人中210人。日本の6人と比べると、その数の多さが分かる。
私が担当するアフガニスタンも、妊産婦死亡率が高い国の一つで、10万人中400人の妊産婦が命を落とす。長期にわたる紛争で医療施設が破壊され、多くの医師や看護師が国外に流出。十分な技術を持つ医療スタッフが慢性的に不足していることが主な理由の一つだ。
とくに、宗教的な理由から男性医師が女性を診察することができないため、女性医療スタッフの育成が急務となっている。
このようなニーズに応えるためプロジェクトでは、アフガニスタン西部ヘラート州で助産師、看護師など保健・医療従事者の育成と研修施設の建設、医療従事者を養成する州の保健科学院機関の運営サポートを実施している。政情が不安定なアフガニスタンに駐在することがかなわないため、日本から事業を管理しなければならない。アフガニスタンの現地スタッフと密に連絡をとりながら進めている。
≪命守る仕事 誇り持って続けていけるように≫
メーン事業の一つである保健・医療従事者の再養成プログラムでは、ヘラート市近郊のクリニックから一定基準を満たした女性たちを選出。首都カブールでさえ医療施設が不足しているアフガニスタンにおいて、地方の村で十分な保健・医療サービスを受けられることはほとんどない。このため、治るはずの病気で命を落とす人も多い。プログラムに応募してくる人の多くは、家族や親戚を亡くした人たちだ。
現地スタッフのミンディーはこう言う。「ある女性は、伝統的な方法で自宅出産してお産の途中で問題が起こって、その子を亡くしてしまった。そして子どもを産めない体になってしまったの。自分のような人が二度と出てほしくないという思いで今、助産師のトレーニングに励んでいるわ」。無念や失望を乗り越えて、自分と同じような人たちの役に立とうとしている彼女の姿勢に頭が下がる。
アフガニスタンの高い妊産婦死亡率の背景にあるもう一つの要因は、この女性が経験したような、慣習にある。伝統的に良いとされていることも、現代の医学では必ずしもそうではない。それを地方の村に住む人々に理解してもらい、女性が安全に出産できるようサポートすることも、助産師の重要な仕事だ。
アフガニスタンに暮らす医療従事者は、必ずしも設備が整った病院で働けるわけではない。地方では設備も情報も限られているが、ワールド・ビジョンが実施する研修で新たな知識や技術を身に付けることができる。
この事業を担当して、女性が妊娠して無事出産し、その子どもが健康に育っていくことがいかに奇跡的かということを、私自身の育児を通して実感している。アフガニスタンでは、妊産婦死亡率だけでなく、乳幼児死亡率や子どもの栄養不良も深刻だ。現地の子どもの写真を見たとき、3歳半の息子と同年齢に見える子が、実際は小学校入学くらいの年齢だと聞いたときには、栄養不良が蔓延していることにショックを受けた。
文化や社会背景が違うアフガニスタンでの事業を、現地に行くことなく管理することはチャレンジも多いが、頑張る彼女たちを応援する活動ができることにとてもやりがいを感じている。小さな命を守る仕事を、彼女たちが誇りを持って続けていけるようこれからも応援したい。
※この記事はワールド・ビジョン・ジャパンの平井さつきスタッフが執筆し、2015年5月8日付SANKEI EXPRESS紙に掲載されたものです。
この記事を書いた人
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大学卒業後、開発系NGOにてミャンマーとベトナムの開発支援事業に携わる。
2013年11月にワールド・ビジョン・ジャパンに入団。
緊急人道支援課 プログラム・オフィサーとしてアフガニスタン事業とWFP(世界食糧計画)の食糧支援事業を担当。
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