【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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「何かはきっとできる」と信じて

オギャー、オギャー、オギャー!

2019年9月、カンボジアの首都プノンペン市内の病院で三男が生まれた。私たち夫婦にとって初めて経験する海外での出産、しかも医療水準が決して高いとは言えないカンボジアであったからこそ、母子ともに無事であったことに心から安堵した。それと同時に、農村で出会ったあるカンボジア人家族の存在が思い出された。

カンボジアの子どもと筆者

カンボジアの子どもと筆者

カンボジアで出会った若いご夫婦

2017年2月から4年間、私は家族とともにカンボジアに駐在した。赴任して1カ月経たない頃、私は北西部のある貧しい農村を訪れた。この地で新たな支援事業を開始するにあたり、現地の状況を住民からヒアリングするためである。お話を伺うにつれて、多くの人が村の保健センター(診療所のような場所)を信頼せず、自宅で安全とは言えない方法で分娩に臨んでいること、子どもたちに予防接種を受けさせていないことが分かった。

住民に母子保健の状況について聞き取りをする筆者

住民に母子保健の状況について聞き取りをする筆者

話を伺った人々のうち、笑顔で合掌をしながら迎えてくれた若いご夫婦のことが忘れられない。彼らは、私が訪問した1カ月前に、生後1カ月にも満たない赤ちゃんを感染症で失っていた。

最寄りの保健センターは今にも倒れそうなほど老朽化していた。そして、そんな保健センターであっても、でこぼこ道をバイクかトラクターで進み、雨で冠水した場所はボートで進まないとたどり着けない。移動手段を持っていない貧しい家族は少なくない。保健センターにすぐに向かうこともできず、誰に頼ることもできず、夜中に冷え切って動かなくなっていく赤ちゃんを抱きながら過ごしたという夫婦が、目の前で涙を流している。

新しい命への喜びとそれを失う悲しみは、国が違っても変わらない。しかしカンボジアの場合、文字通り「最も小さい者」である赤ちゃんが無事に生まれ、健康に成長できる可能性は高いとは言えない。

カンボジアの新生児死亡率は出生1000人あたり14.5(世界銀行、2019年)。日本は0.8であり、その差は歴然としている。

この若いご夫婦は、別れ際に「できれば将来、もう一人赤ちゃんがほしい」と笑顔で語った。カンボジアの貧しい農村部の現実はすぐには変わらない。でも、将来への希望を失わず、私たち支援団体に期待をかける人々が多くいる。

保健センターの建設

私たちはこの村に、新しい保健センターを建設することにした。雨期の激しい風雨にもびくともしないほど頑丈で、清潔で、医療器具が揃っている施設である。医療スタッフ(看護師、助産師)も、新しい設備や器具を活用して地域の人々の命と健康を守っていこうという意欲に満ち溢れている。この事業を支援してくださった日本人医師の皆さまが、多くの時間や支援金をささげ、現地で医療スタッフのために真心を込めて新生児蘇生法の講習までしてくださった。

そして、保健センターの開所式には、生後1カ月の乳児を失ったあの若い夫婦が参列していた。その腕の中には、この新しい保健センターで生まれたばかりという女の子がすやすや眠っている。もうあの時の涙はない。

新しい保健センターで生まれた赤ちゃんと両親

新しい保健センターで生まれた赤ちゃんと両親(本文中のご夫婦とは別のかたです)

私たちワールド・ビジョンは、支援者の皆さまとともに、世界中の子どもたちが豊かないのちを生きることができるように願い、働き、人々の生活を支えている。先述の保健センター事業のように人々の生活に良い変化をもたらし、その喜びを最前線で体験できるのはこの働きの醍醐味である。

理想と現実のギャップ。無力感・・・

しかし同時に、大きな葛藤を覚えるのもまた、この働きに携わる者の現実である。真新しい保健センターが、魔法のように現地の課題すべてを解決してくれるわけではない。必要な器材を揃え、医療スタッフにトレーニングをし、保健サービスの質を向上すれば、多くの人々が助かるだろう。

しかし、そもそも保健センターまでたどり着けない人々については、どうしたらよいか。
保健センターから数十キロ離れた村に住む人々、お金がなく医療サービスを受けられない家族、出稼ぎに出た両親の代わりに年老いた祖父母と暮らす子どもたち…。
現地の状況を知れば知るほど、課題の多さと深刻さに打ちのめされた。

重度の栄養不良状態にある子ども

重度の栄養不良状態にある子ども

持続可能な開発目標(SDGs)は「誰一人取り残さない」(No one left behind)ことを目指し、全世界が取り組む壮大な目標である。例えば、保健分野については目標3で「すべての人に健康と福祉を」と掲げている。このSDGsを実現するためにワールド・ビジョンも日夜努力しているが、理想と現実のギャップは大きく、個人的に無力感を抱かずにはいられないこともある。

「途上国支援は有効なのか? いつになったら終わるのか?」
「日本にも多くの課題があるのに他国の支援をしている場合か?」
「かわいそうな子どもを使って金もうけをしているんでしょ?」

なんて言葉をかけられたこともある。その言葉たちはいつの間にか自分の内なる声となり、「そんなことして何になるのか?」と、頭の中でこだますることもある。

「善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります」(ガラテヤ6・9、新改訳第三版)

立ちはだかる現実を目の前にして葛藤や無力感を覚えるとき、聖書のこの言葉に励まされる。困難の中にいる方々に支援を届けていこうという思いを新たにする。

何が「善」か、問い続ける

同時に、何が「善」か、自分やワールド・ビジョンの働きが支援地域の子どもたちや家族にとって「善」なのかどうかを常に問い続けていく必要も覚える。

支援する側が考える「善」の押し付けになってはならないからだ。求める結果が得られず働きに飽いてしまうこと、現実に失望すること、疲れ果ててしまうこと、「善」だと思っていたことが理解されないこと、そもそも何が「善」なのか分からないことは、これからも間違いなくあるだろう。

でも、少し立ち止まったり休んだりすることはあっても、また立ち上がり、その場・その時において、蒔く者であり続けたい。そして、いつか蒔いたものを刈り取るのであるから、少しでも良いものを蒔いていきたい。

支援地域の子どもたち

支援地域の子どもたち

「何かはきっとできる」と信じる

この思いは、世界中が新型コロナの影響を受け未曽有の危機に立ち向かっている今、私の中でますます強くなっている。

カンボジアをはじめ多くの国々で、失業等により貧しい世帯はさらに貧しくなり、長期にわたる休校により子どもたちの学習は遅れ、感染への恐れから保健センターを避け基本的な予防接種を受けない子どもたちが増えている。これまで政府、国際機関、ワールド・ビジョンのような支援団体が力を合わせて推進してきた働きの成果の一部が、残念ながら失われてしまった。でも、ここで諦めるわけにはいかない。

ワールド・ビジョン創始者のボブ・ピアスは、「”何もかも”はできなくとも、”何か”はきっとできる」という言葉を残した。

ワールド・ビジョン創設者ボブ・ピアス

ワールド・ビジョン創設者ボブ・ピアス

理想とかけ離れた現実を見るときに、「こんなことしても無駄ではないか」という思いに駆られることがあるかもしれない。

でも、私たち一人ひとりが「何かはきっとできる」と信じ、勇気をもって行動に表すことができたら、今日、誰かのために愛と思いやりを一度でも示すことができたら、ほんの少しでもこの世界はすばらしい場所になる。

その希望と信念を胸に、世界中の同僚や支援者とともに、この働きを続けていく。

支援する子どもクラブに参加している子どもたちと筆者

支援する子どもクラブに参加している子どもたちと筆者

*こちらの文章は、いのちのことば社が発行する雑誌「成長」No.175に掲載された記事を転載したものです


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この記事を書いた人

松岡拓也
松岡拓也支援事業部 開発事業第2課(南アジア・中南米地域) 課長
東京外国語大学外国語学部英語科を卒業。在学中にインドのコルカタにある「神の愛の宣教者会」(マザー・テレサが創設した修道会)の施設でボランティア活動をし、「途上国」で生きる人々や彼らを支える人々の姿に心動かされる。民間企業勤務を経て、青年海外協力隊(村落開発普及員)としてボリビアに赴任。帰国後、日本貿易振興機構アジア経済研究所開発スクール(IDEAS)で学び、開発専門家養成のための研修課程を修了。2012年にワールド・ビジョン・ジャパンに入団。2017年2月から2021年2月までカンボジアに駐在し、母子保健・栄養改善事業に従事。保育士。
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