国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフブログ

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あるNGO職員とボス

私がワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)に入った1989年当時には、すでに日本には幾つかのNGOが年間数億円規模でアジアを中心に様々な援助活動を展開していた。

彼らの活動や広報の努力のおかげで、マスコミでも大規模なODAとは違う、草の根の国際協力活動をする団体としてさまざまな形で取り上げられ、ようやく日本社会にNGOの名前が浸透し始めたような時期であった。

一方当時は、ほとんどのNGOが財団法人等の法人格を取得することができず、任意団体として活動をしていた。法人格を持たないということは、団体名義で事務所を借りることや銀行口座や郵便局の預金口座を開くことができず、代表者の個人名を立てて対応せざるを得なかった。また任意団体であると、どれほど社会に貢献する活動を行っているとしても、その活動への寄付が税金控除の対象となることはなかった。

そんな訳で、マスコミに途上国の貧しい人々を救うヒーローのごとく取り上げられる一方で、多くのNGOの財政的基盤は脆弱のままであり、そこで働くスタッフの社会人としての信用度は低かった。社会人として信用されないということは具体的に、安定的な収入がある者とみなされず、クレジットカードを取得する際の審査で落とされ、住宅ローンの審査もすんなりと進まないというようなことが起こるのである。

私は新人スタッフとして業務に燃えながらも、これから団体への寄付が増え、社会的な信用を得るような団体になるかどうかについては、まったく先行きが見えなかった。

支援地域の子ども

支援地域の子ども

当時のWVJは、キリスト教会やクリスチャンの方々を中心に募金活動を展開し始めていて、徐々にではあるが支援者が増えていった。しかし、そのころすでに幾つかのキリスト教主義の先輩NGOが多くの教会と長年にわたる信頼関の中で支援を得ていたので、WVJが新たに教会に入って行く余地は少ない状況であった。

それに加え、クリスチャン人口が、日本の総人口の1%にも満たないという現実を直視すると、単純にこのまま団体の支援者が増えてゆくという確信は持てなかった。そんな中で、当時の団体の代表であり牧師でもあった私の「ボス」は、支援者が増え団体が何倍にも成長すると信じていた。

私がWVJに入る直前に「ボス」は、バングラデッシュの貧しい農村やスラムを訪問し、そこで生活する貧しい家族や子どもたちの悲惨な実情を見て、牧師として神様がこれらの人々を助けるために日本の中でWVJを成長させてくれない訳はないと確信していたようであった。そして熱い思いは、朝に昼にスタッフの前で何度となく熱い祈りとして神様の前に捧げられた。

一方、新人の私の方は、大量の団体パンフレットと数個のラブ・ローフ(卓上の置ける募金箱)を通勤カバンに詰めて、東京近辺の教会をアポイントもとらずに飛び込みで訪問セールスを決行していた。中には快くラブ・ローフ募金に協力を約束してくれた教会もあったが、アポなし訪問で当然なのだが門前で丁寧に断られることが多かった。そんな現実の前に、「ボス」の熱い祈りも私の耳には空虚に聞こえることもあった。

ある日、事務所にいる私に「ボス」から電話があり、打ち合わせをしたいので教会の牧師室に来てほしいとの指示があった。当時の「ボス」は徒歩1分ほどではあるが教会とWVJの事務所を行き来しながら、牧師とWVJの代表という二つの重責を担っていた。

ほどなく牧師室に行き打ち合わせを済ませて「ボス」の机の前の席を立ちあがった時、束になって角に置かれてあるキリスト教主義の先輩NGOのニュース・レターが私の目に飛び込んできた。

私は思わず、「先生、なぜライバルNGOのニュース・レターがここにあるのですか?」と語気を荒げて聞いていた。というのもこのNGOの名前は、私が教会へ訪問セースルをしていた際に、WVJへの支援のお願いへの断り口上のように聞いていたからであった。「すでに当教会では、他団体を支援していますから、申し訳ありませんがこれ以上は困難です」というフレーズを聞くたびに、この先輩NGOと教会の信頼関係や支持の強さに嫉妬していた。

私の質問に「ボス」は笑みを浮かべながら穏やかに答えて言った。「いや実は、私の教会は、長年このNGOを支援してきました。WVJが日本に設立されて私が代表になったからといって、その支援を止めることは神様の前に正しいことだと思いませんので、こうして継続して支援しています。神様はWVJもこの団体も祝福してくださると思っています」それを聞いた私は深く感動した。

支援地域の子どもたち

支援地域の子どもたち

そして私も吹っ切れたように「そうですね!」と答えていた。牧師室を出てから事務所までの1分の間、私は心の中で確信していた。「WVJは、絶対に大きくなる。神様があの誠実な「ボス」の祈りに答えてくれない訳はない。“義人の祈りは聞かれる”と聖書は言っているではないか!!」

あれから約24年の歳月が経過し、「ボス」はすでにWVJを退き牧師業に専念している。しかし確信していたとおり神様は「ボス」の祈りに答えてくださり支援者は教会ばかりでなく、日本全国に広がり、現在のチャイルド・スポンサーの数を当時の数と比較すると100倍以上に成長した。そして、バングラデシュばかりではなく、アジア、アフリカ、中南米の沢山の開発途上国の子どもたちに支援を届けるまでになったのだった。

団体としてのこの成長に対し、一人ひとりの支援者の方々へ心より感謝すると共に、私の中では、祈りを聞いてくださった神様とどんな状況の中でもその信仰の祈りを貫いてくれた「ボス」に対しても深く感謝している。

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この記事を書いた人

高瀬一使徒
高瀬一使徒
大学卒業後オーストラリア留学などを経て、青年海外協力隊に参加モロッコに2年間滞在。1989年にワールド・ビジョン・ジャパン入団。タイ駐在などを経て、1997年より支援事業部部長(旧 海外事業部)。現在までに訪れた国数約85カ国。4人の子どもの父親でもある。2014年3月退団。
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