国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフブログ

Read Article

2011年の人々

2011年はもう少しで終わろうとしている。以下、今年の中で印象深い人々の事を記すことにする。

1. ボランティアの方々

岩手県の仮設住宅への支援物資搬入をお手伝いくださったボランティアの方々

岩手県の仮設住宅への支援物資搬入をお手伝いくださったボランティアの方々

ワールド・ビジョン・ジャパンに来てくださるボランティアの方々は勿論、東日本大震災支援の中で様々な形でご協力いただいたボランティアの方々の熱い思いと行動には、プロのNGO職員としての原点を思い出させてくれた。
自分の通常の仕事を持ちながら、休暇を取ってまで作業を手伝ってくれた方々のスピリットを忘れません。

また、タイの洪水支援での現地のボランティアの方々には、画一的な奉仕スタイルではなくお互いのペースを尊重し合う間を学ばされた。炊き出し作業中でも疲れたら自分のペースで休む、また周りもそれを当然として認める。しかしまた回復したら仕事に加わる。みんながマイペースで微笑みながら活動し、それがとんでもなく大きな力となっていた。

2. ベトナムのスタッフ

ベトナムのスタッフは都会育ちのエリートが多い。経済成長著しいベトナムでは、報酬の良い都会での就職の機会もあったであろうが、彼らはワールド・ビジョンを選択した。しかも、中には辺境の田舎で年に数回しか家族に会えないようなチャイルド・スポンサーシップの支援プログラム(以下ADP)で仕事をしている者もいる。

ワールド・ビジョン・ジャパンの支援しているムオンチャADPやトアンザオADPのスタッフがまさにそうだ。彼らは、経済的なものにも勝る価値をADPの仕事の中に見出している。これからもずっと同じADPで働くわけではないが、彼らのコミットメントはどこに行っても通用する大きな資質である。そしてその彼らから、東日本大震災のお見舞いのメールをいち早くもらった。

3. 飛行機で知り合ったイランの方々

今年最悪のフライトだったかもしれない。ドバイからナイロビへ向かう機内でのこと、私の席の周辺にはイランの方々で占領されていた。その中の一人のご婦人が私の座っている通路側の席と彼女の真ん中の席を替えてくれと片言の英語で執拗に訴えてくる。私は閉口し、客室乗務員を呼んで彼女に要望には答えられない旨を伝えてもらった。

また、隣に座った男性は、自分の席のオーディオの扱いが分からないのか、私が見ている映画をずっと見ていた。当然、彼の方が徐々に私の方へ寄ってくるので、気持ちはよろしくない。しかし、食事のときの会話で私が日本人とわかると、すぐに東日本大震災の事を話題にし、「イランも地震が多いので、被災者の方に心から同情する。」とういようなことを言っていた。人は話してみないとわからない。

4. タンザニアのADP内のセービング・グループ*

タンザニアでのようす

タンザニアでのようす

10月にタンザニアに会議で行ったが、そこで会議の参加メンバーと共に一日事業地を訪問し、事業の進捗を批評しあった。

私たちはADP内の一つのセービング・グループを訪問し、どのように運営しているのか視察していた。このグループは、アフリカには珍しく大変に厳しいルールを持ったグループであった。何がきびしいかというと、例えばメンバーが飲酒をしたら脱会、家庭で暴力を振るったら脱会、会議に遅れて来たら罰金、会議中に携帯電話をマナーモードにしていないと罰金等々の罰則規定があることだった。
罰金は、日本円にして数10円程度だが、それでもルールを破ると必ず払うのが鉄則のようであった。

私たちがグループと会っている際にも遅れてきたメンバーは、中央に置かれたガラスのビンに罰金を入れていた。そこに一緒に視察をしていた南部アフリカ地域の代表の携帯が鳴ってしまった。メンバーに緊張が走り、代表の携帯へ厳しい視線が注がれた。結局、代表も罰金を払った。

(* グループ内でお金を出し合って、現金が必要なメンバーが借りることのできる共済組合のようなもの)

5. アジアの支援国の仲間たち

今年ほど、アジアの仲間たちを頼もしく感じた年はない。

ワールド・ビジョンでは、アジアには日本の他に韓国、台湾、香港、シンガポール、マレーシアの6カ国の支援国はある。そして今回の東日本大震災の支援には、隣国ということもあり、熱い思いで募金活動や広報活動をしてくれ多額の支援金を寄せてくれた。そればかりか、人を日本に派遣して支援活動の助けをしてくれた。

9月に韓国のソウルで持たれた支援国の会議では、久しぶりに仲間たちに会い、改めて支援のお礼を述べることができた。

今年も多くの方々に個人的にも組織的にも支えられ励まされて、乗り切ろうとしている。
月並な言葉だが、皆さんありがとう。

「“何もかも”はできなくても“何か”はきっとできる」
クリスマスまでにあと約1400人の子どもたちが、チャイルド・スポンサーを待っています

この記事を書いた人

高瀬一使徒
高瀬一使徒
大学卒業後オーストラリア留学などを経て、青年海外協力隊に参加モロッコに2年間滞在。1989年にワールド・ビジョン・ジャパン入団。タイ駐在などを経て、1997年より支援事業部部長(旧 海外事業部)。現在までに訪れた国数約85カ国。4人の子どもの父親でもある。2014年3月退団。
Return Top