【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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おばあちゃんの見る景色

僕の祖母はパワフルである。
今年で96になる彼女は、国境を越え、家族を失いながらも、戦中戦後を生きてきた。戦時中に「歩く」ことが主な移動手段であった彼女は足腰が強く、家族で街中を歩くと、気付くと一人だけ2つ先の信号を渡っている。「栄養がイチバン!」と繰り返す彼女の料理センスはユニークで、カレーに長ネギを入れたときは食卓全員の度肝を抜いた。さらに、生き延びる知恵だろうか、頭の回転が速い(すぎる)。話を始める前に彼女の頭の中では既に相手との会話がスタートしている。だから、彼女がスーパーでばったり出会った友人に話しかける第一声は「それでね」である。

誰しも、面白い家族の一人や二人はいるかもしれない。それはたとえ、飛行機を乗り継いで18時間旅をした先にある、ヨルダンという国の難民キャンプに暮らす子どもにとっても、だ。

アズラック難民キャンプのトイレ

アズラック難民キャンプは、ヨルダンの首都アンマンから東に1時間半ほど車を走らせたところにある。見渡す限りの荒野の中、シリアから逃れてきた人々はカラバン(caravan)と呼ばれる仮設のテント住居で生活をしている。

フロントガラスから眺めるアズラック難民キャンプ

フロントガラスから眺めるアズラック難民キャンプ

ワールド・ビジョンは、アズラック難民キャンプでの新型コロナ感染症によるリスクを低減するため、水衛生環境改善の支援を行ってきた。近辺のシリア難民キャンプの中でも、同キャンプの劣悪なトイレ環境は際立っている――なんと、多くの住民がおよそ20人で1つのトイレを共用せざるを得ない。しかも、多くの共用トイレは衛生上使用が困難である。そんな環境が、コロナ禍を生きる脆弱な難民の人々にとってどんな危険を孕んでいるか、普段は日本に暮らす自分にも想像は難しくない。

アズラック難民キャンプにて、使い物にならなくなった共用トイレ

アズラック難民キャンプにて、使い物にならなくなった共用トイレ

おばあちゃんの訴え

キャンプを訪れた2022年3月のある日、事業モニタリングの最中に、1人の年配の女性が駆け寄ってきた。僕たち事業スタッフに対して何かを訴える姿が少し騒々しく、瞬く間に小さな人だかりが出来た。
彼女は、真剣そのものの眼差しで、彼女の暮らすカラバン(テント住居)の具体的な必要を教えてくれた。あまりに感情がこもっているので、事業スタッフや他の住民たちも「まあまあ落ち着いて」と、本人をなだめている。事業スタッフが具体的な支援依頼プロセス(厳密には、支援対象の条件に合うかの確認と申請)について丁寧に説明をすると、その女性は最後には微笑みながら涙を拭って、「今日は私の誕生日なの」と言い、その場は小さな拍手と笑い声に包まれた。

人だかりの半分くらいは幼い子どもたちだった。女性が熱弁している間、僕は緊迫した場を和ませようと、覚えたてのアラビア語で “this is a pen”レベルの情報を子どもたちに提供していた。何かが伝わったことに喜んでいる僕をよそに、その情報のどこに価値があるのかわからない男の子は、ニコニコしながら僕の発言を無視して言った。

「あれ、僕のおばあちゃんなんだ」

目に見える支援の先にあるもの

少し恥ずかしそうで、でもどこか自慢げな男の子を見た時、僕の頭に自分の祖母の姿が浮かんだ。
そして思ったことは、僕らが出会ったのは、「年配の女性」でも「高齢の受益者」でもなく、ある家族の大切な「おばあちゃん」だということだ。勝手な想像力の行使かもしれないが、僕の祖母がいつも家族を想って困難な時代を奔走してきたように、この女性の訴えの先にある未来には、(この男の子を含む)家族の姿があったのかもしれない。

その力強い「おばあちゃん」が顔をくしゃくしゃにして訴えたこと、それはひょっとすると、長い人生を、そして「今世紀最悪」と言われる人道危機を生きてきた彼女が、せめて子どもや孫に残したい「より良い生活」だったのかもしれない。そして、彼女の大胆さは、子どもや孫たちが笑って語る自慢のおばあちゃんの性格そのものかもしれない。こうした意味付けは推測の域をでない。でも確かなのは、彼女と男の子が生きているのはバラバラのストーリーではないということだ。その家族は、何歳になったのであろうそのおばあちゃんの誕生日の出来事を、語り継ぐかもしれない。語られ思い出されるおばあちゃんの姿は、家族の歴史になっていく。

トイレ建設にワーカーとして関わるシリア人の受益者

トイレ建設にワーカーとして関わるシリア人の受益者

人道支援に関わるNGO職員として「受益者はただの数字(頭数)ではない」なんてことは理解しているつもりだ。一方で、数万人のキャンプ住民全員の人生や視点を丁寧に想像する余裕もなければ、そんなことをできると豪語する傲慢さにも違和感を覚える。でも、だからこそ、せめて自分の限られた経験からでこそあれ、目の前の受益者が見ている景色に想像力を駆使するものでありたい。人道支援の多くは、目に見える何かを提供する。その一方で、支援地に生きる人々の毎日を豊かにする「物質的なニーズの充足」以上のなにか――それは、男の子とおばあちゃんの家族関係かもしれない――がまた充足していくことは、きっと多くのドナーや支援者の方々が見たいと願っている景色でもある。

事業チームのエンジニアと神田スタッフ

事業チームのエンジニアと神田スタッフ

※本事業「アズラック難民キャンプおよび非公式居住地における新型コロナウイルス感染症予防のための水衛生支援事業」は、ワールド・ビジョンがジャパン・プラットフォーム(JPF)や皆さまの募金によって実施しています。

 


この記事を書いた人

神田聖光
神田聖光支援事業部 プログラム・コーディネーター
東京外国語大学スペイン語学科卒。中米メキシコのMUFG Bank (Treasury & Market)にて勤務、並びに現地ホームレス支援NGO Mijesに従事した後、米ノートルダム大学Keough School of Global Affairsにて開発学修士課程修了。南米チリの教育系NGO (Enseña Chile) にて、Graduate consultantとして学校改善プロジェクト実施後、外務省国際協力局開発協力総括課にて勤務。2021年3月にワールド・ビジョン・ジャパン入団。支援事業部緊急人道支援課にてヨルダン教育・水衛生支援を担当。
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