【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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4年ぶりのウガンダで、私が泣いた理由

私は昔から涙もろい。ドラえもんの映画の予告で泣いたことがあるくらいに涙もろい。今年の4月、ウガンダ出張中にも涙腺が緩む局面があった。最初はウガンダに到着した日の夜、ホテル近くのスーパーで買い物中のことだ。「リホ!」と名前を呼ばれたので見ると、私がウガンダに住んでいた4年前にもそこにいた店員さんだった。覚えてくれていることに驚きつつ「あぁ、またウガンダに戻ってきたんだな」と思ったら、なぜか少しうるうるしてしまった。

こんなことで涙腺が緩んでしまう私はつくづく気楽だが、世界には悲しい涙も溢れている。特に最近はウクライナの難民の子どもたちの涙の写真を見るたびに、悲しい気持ちになる。私がウガンダで出会った南スーダン難民の子どもたちも、きっと同じ涙を流した子どもたちだ。

難民居住地で出会った子どもたち

私がワールド・ビジョンに入団後に初めて担当したのは、ウガンダ北部のビディビディ難民居住地での事業*だった。ここに暮らす難民の多くは、南スーダンで2016年に激化した戦闘から逃れてきた人たちである。事業を開始した2020年、ちょうどウガンダでも新型コロナウイルスの感染が拡大し、すべての教育機関が閉鎖され、児童労働や児童婚の件数が増加していた。ワールド・ビジョンでは、こうした状況に対応するため、居住地に暮らす南スーダン人とウガンダ人の子どもを対象に、子どもの保護の活動や自宅学習のサポートを実施した。

出張中、支援を受け取った子どもたちの1人、小学4年生のムザミリ君を訪問する機会があった。

ムザミリ君(ボーダーシャツの男の子)とそのご家族。ムザミリ君の後ろに立っているのが筆者

ムザミリ君(ボーダーシャツの男の子)とそのご家族。
ムザミリ君の後ろに立っているのが筆者

お父さんを紛争で亡くし、お母さんは再婚、今はおじいさんとおばあさん、5人の兄弟と一緒に暮らしている。小さなムザミリ君の背負うものは、きっと日本で生まれ育った私が想像しようと思っても、その半分も想像できていない。でも私の目の前のムザミリ君は、事業の中で開催した絵画コンクールで2位になったこと、学校では算数が1番得意であることをはにかみながら教えてくれる、普通の小学生の男の子だった。

名前のスペリングを教えてくれるムザミリ君

名前のスペリングを教えてくれるムザミリ君

難民居住地では、多くの子ども達がムザミリ君のように紛争により保護者を亡くしたり、保護者と離ればなれになったりしている。避難先でも、劣悪な環境や暴力など、子どもたちを取り巻く課題は絶えない。しかしやっぱり、訪問した小学校で出会った子どもたちの姿を見ていると、そんなことをつい忘れてしまう。私が目にしたのは期末テストの問題を解く真剣な表情の子どもたち、教室に残って友だちと談笑している楽しそうな姿、テストの結果を自慢げに見せてくれる女の子の笑顔だ。

教育は喪失の涙を平和への情熱に変えるもの

子どもたちの姿を見ながら「紛争を経験した子どもにとって、教育は、喪失の涙を平和への情熱に変えるもの」というメアリー・メーカーさんの言葉を思い出した。

参考リンク(メアリーさんが登壇したTEDトーク):
TEDxKakumaCamp “Why I fight for the education of refugee girls (like me)”

自身も南スーダンから難民としてケニアに避難した経験を持ち、「教育によって人生が変わった」と語る彼女の言葉はことさら力強い。学校は、子どもが未来を見ることだけに集中できる場所だという。私がそこにいる子どもたちの悲しみや涙をつい忘れてしまうのも、子どもたちが目の前のテスト、見つけた得意なことや楽しいと感じることに集中している証拠かもしれない。学校が、教育が、その役割を果たしているということかもしれない。

それでも残念ながら、居住地の教育環境を手放しで賞賛することはできない。劣悪な環境やその他の理由で中退する子どもも多く、この地域で小学校を卒業できる子どもは35%ほどだとする調査データもある。一つの教室の床に100人以上の子どもがぎゅうぎゅうに座っている光景を目にすることも珍しくない。

子どもたちでぎゅうぎゅうの教室

子どもたちでぎゅうぎゅうの教室

ウガンダの学校閉鎖は約2年間続き、今年の1月にようやく再開されたが、その負の影響も大きい。2年間の空白期間を経て既に学んだことを忘れてしまった子ども、学校に戻っていない子どももいる。特に心が痛んだのは、訪問したどの小学校でも、早すぎる結婚や妊娠により学校に戻っていない女の子がいたことだ。

学校が子どもたちの涙を未来への情熱に変える場所であり続けるために、まだまだすべきことは多い。

筆者が小学校を訪問した時の様子

筆者が小学校を訪問した時の様子

もう一つの思い

出張を経てもうひとつ思い出したことがある。2015年から3年間、私は当時の職場の同僚から、再会したスーパーの店員さんにいたるまで、多くの人に助けられながら過ごしていた。4年前にウガンダを離れる時、そんなウガンダの人たちに恩返しがしたいと思っていたこと、それが今の仕事にも影響していたことを思い出した。そう言いながら、現地スタッフや、突然の訪問者を温かく受け入れてくれたムザミリ君やその家族、今回も多くの人の親切に触れ、恩返ししたい人が増える一方だ。帰国前、出会った人々の温かさを思い返して、また少しだけ涙が出そうになった。


*「ビディビディ難民居住地における子どもの保護事業(2020年11月~2021年7月)」は、ワールド・ビジョンがジャパン・プラットフォーム(JPF)や皆さまの募金によって実施しました。

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この記事を書いた人

古徳理歩
古徳理歩支援事業部 プログラム・コーディネーター
早稲田大学法学部卒。卒業後は在ウガンダ日本大使館にて在外公館派遣員として3年間勤務。その後、中高の教員や大学院留学を経て、2020年6月にワールド・ビジョン・ジャパン入団。支援事業部開発事業第3課にて、主に東アフリカ地域の事業を担当。
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