国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフブログ

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世界子どもの日 痩せた姿 課題が浮き彫りに

元気なコンゴ民の子どもたち

元気なコンゴ民主共和国の子どもたち

11月20日は「世界子どもの日」(Universal Children’s Day)。1989年、子どもの基本的人権を守ることを目指して、国連で「子どもの権利条約」が採択された日だ。私も3年前に母となり、わが子が生きる未来についてより一層考えるようになった。特に、仕事で訪れるアフリカ諸国の子どもたちからは、「あなたには、まだできることがあるよ」と教えられ、励まされることが多々ある。

 

2014年に初めて事業地を訪問した際、披露した歓迎の踊り

2014年に初めて事業地を訪問した際、披露した歓迎の踊り

育児休業から復帰して1年半。新しく担当した国の一つに、コンゴ民主共和国がある。この国の出生率は6.0(日本は1.4)。人口は増える一方で、10~24歳の若者の割合は33%と高い(日本は14%)。

初めてコンゴ民主共和国の事業地を訪れた時のことだ。車を走らせていると突然、道端に横たわる一人の幼児が目に飛び込んできた。「まさか死んでいる?」あわてて車から降りて近寄った。2歳くらいだろうか、異様に痩せた男の子だった。

幸い男の子は生きていた。しかし、家の鍵は閉まっており人の気配もない。近所の女性は、母親は日雇いで鉱山で働いており、5人の子どものうち上の4人は一緒に働いていること、生活のため毎日働かなくてはならないのに1日1~2ドルしか稼げないことなどを教えてくれた。

弱った男の子を気に留めるでもなく淡々と話す彼女の様子から、私にとってのこの「非常事態」が、ここでは決して特別ではないということが分かった。とても悲しかった。

滞在中、その家に足を運ぶ度に、近所の人から次々と情報が加えられた。母親は離婚して子どもたちと移り住んできたこと、例の男の子は栄養失調だが食べ物を買うお金がないこと、6歳の長男は経済的な理由から学校に行っていないこと、など。

教育、栄養不良、女性の立場の弱さ、児童労働、貧困、社会保障の脆弱(ぜいじゃく)性。これだけの課題が浮き彫りになった。静かな憤りを感じるとともに、「果たして自分が何かをすることで変わるだろうか」と途方に暮れた。

≪生きる希望 世界で等しく持てるよう手助け≫

水汲みに集まった子どもたち。奥の大きなタンクに雨水を溜めている

水汲みに集まった子どもたち。奥の大きなタンクに雨水を溜めている

育児休業する前、私は緊急人道支援と呼ばれる自然災害や人道危機にある子どもたちを対象に支援活動を行っていた。緊急人道支援では、外部からの力を集約し迅速に事態を改善させるが、今携わっている開発援助という支援は、変化が遅々として見えにくい。人々の考え方や習慣が変わるのには時間がかかるためだ。

人々の意識や生活に変革を起こすこと。その主体は、地域の人々だ。彼らが自ら行動することでしか成し得ない。ただ、外から人々に行動を起こすきっかけとなる「気づき」を与えることはできる。現状がつらくとも、それ以外の暮らしを知らなければその状況から抜け出すアイデアが持てない。気づきを得た人々は状況を変える力を得る。これがうまく育てば、あとは自力で頑張れる。

広いキャベツ畑。現金収入を得られるよう、栽培方法等をレクチャーしている

広いキャベツ畑。現金収入を得られるよう、栽培方法等をレクチャーしている

私は現地スタッフとともに、この「気づき」を作り、彼らの行動をサポートする役割に徹しようと思った。一人の瀕死(ひんし)の男の子との出会いは、いろいろな迷いや葛藤の中で職場復帰した私にとって、この仕事を続けていこうと改めて心に決めた大きなきっかけとなった。

今夏、一年ぶりにこの事業地を訪れた。地域の人々と交わした会話の中に小さな変化を感じた。昨年は、支援を通じて自分が何を得られるかという受け身の態度が目についたが、今年は地域全体に欠けているものを補うために必要な力を身につけたい、そのための支援をしてくれという意見が出てきたのだ。

女性たちは習得した洋裁技術で洋服を作って販売している

女性たちは習得した洋裁技術で洋服を作って販売している

私たちは、「受ける」ことに慣れ過ぎないよう、その時を見据えた活動を行っている。今回、人々が私たちと同じ視点を持ち始めたと感じられたのはうれしいひと時であり、希望を感じた瞬間でもあった。

日本で生まれ育った私が当たり前だと信じていることが、まかり通らない国がたくさんある。それは、自分が母親となり、子育ての過程で直面する自分の価値観との葛藤にも似ている。

支援地の子どもたちと筆者

支援地の子どもたちと筆者

でも、それが子どもの成長、そして将来への希望につながると確信するときには、最大限、親として手助けできることを模索し、応援する。息子がこの世界で生きることに希望を持てるように、そしてその同じ希望を地球の別の場所にいる子どもたちも等しく持つことができるように、自分にできることをしっかりやっていく。「これがお母さんの仕事なんだ」と、いつか息子が誇らしく思ってくれたらとてもうれしい。

※この記事はワールド・ビジョン・ジャパンの加藤奈保美スタッフが執筆し、2015年11月17日付SANKEI EXPRESS紙に掲載されたものです

この記事を書いた人

加藤 奈保美
加藤 奈保美
神奈川県生まれ。早稲田大学・同大学院理工学研究科にて、アジアの建築史について学ぶ。在学中に阪神淡路大震災でボランティアを経験したことから、防災や被災地支援がライフワークに。卒業後は建設コンサルタント会社に勤務。自然災害を中心とした国内外のインフラ事業に従事する。2008年6月、ワールド・ビジョン・ジャパンに入団。サイクロン後のミャンマー、大地震後のハイチで復興支援に取り組む。東日本大震災後は、一関事務所の責任者として岩手県に駐在した。2014年4月から、アフリカのスポンサーシップ事業を担当、現在は、支援事業部 開発事業第2課所属。2017年1月からネパール駐在。
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