国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフブログ

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フィリピン台風1年 悲しみ乗り越えるために笑う

2013年11月8日、台風30号(英語名ハイエン)がフィリピンを襲った。最大瞬間風速100メートル超という、観測史上まれに見るこの超大型台風により、レイテ島やサマール島などフィリピン中部の島々で猛烈な暴風と高潮が発生、死者6,200人以上、行方不明者1,700人以上の甚大な被害をもたらした。

家族で飲む水を運ぶアレクサンダー君(6)。台風発生直後、WVJはライフラインが破壊された地域に安全な水を届けた

家族で飲む水を運ぶアレクサンダー君(6)。台風発生直後、WVはライフラインが破壊された地域に安全な水を届けた

当時、東京にあるワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)事務所も騒然としていた。WVJが台風発生以前から支援活動を実施している2つの地域がレイテ島とサマール島にあり、台風の直撃を受けたからだ。

両地域ともフィリピン国内でも貧困度が高く、低い就学率、高い乳幼児死亡率・妊産婦死亡率など、多くの課題を抱えていた。支援地域では住民や行政機関と協力しながら、教育や経済開発、保健衛生などに取り組んでいた。活動開始から1~2年が経ち、少しずつ活動の成果が見えてきた矢先の出来事だった。

支援地域の子どもたち

支援地域の子どもたち

台風の直撃後、被災地のライフラインは寸断され、現地スタッフとも連絡がとれず、情報が錯そうした。一方、日本の支援者からは問い合わせが相次ぎ、祈るような思いで情報収集にあたる日々が続いた。

連日報道される被災状況を見ながら、東日本大震災を連想した人は少なくないと思う。私は、東日本大震災発生から3日目に被災地へ向かった。がれきの山が広がり、自衛隊が捜索救助のためにがれきを動かす音だけが響き、町内の体育館には、多くの方々が避難されていた。あの時の喪失感は一生忘れることはできないだろう。

台風発生から約4カ月後の今年3月、状況把握と今後の活動方針の調整のため、初めて現地を訪問した。WVの事務所のあるタクロバン市ではがれきが片づけられ、ライフラインも復旧しつつあった。支援地域でも、人々は廃材で作った家で生活し、子どもたちは校庭に設置されたテントで授業を受けていた。そして、皆よく笑う。フィリピンの人々のたくましさを実感した。一体どんな言葉をかければいいかと悩んでいた私にとって、彼らの笑顔と明るさは救いだった。

台風のつらい経験を乗り越え、子どもたちは学ぶことを楽しんでいる

台風のつらい経験を乗り越え、子どもたちは学ぶことを楽しんでいる

 

≪負けそうになるときに寄り添う≫

あれほどの災害を経験し、今も厳しい環境の中で暮らしているのに、どうしてこんなに明るくいられるのだろう。この強さの秘密は何だろう? 国民性の違いかもしれない。元々の経済規模や生活水準をふまえると、台風による損失によって生まれたギャップが東日本大震災のそれに比較すると小さい、ということもある。でも、いま一つ納得できなかった。

元気に走り回る子どもたち

元気に走り回る子どもたち

そんな時、支援先の貯蓄・融資グループを訪れた。15人ほどの有志メンバーが参加するこのグループは週に一度集まり、各メンバーが少額を出し合いグループとして貯蓄をしている。子どもの教育費など、条件つきの目的のために必要額を借り入れることができ、利子分を含めてグループに返済する。家族が病気の時や亡くなったときなどは、グループの貯蓄から一定額が支給され、返済の必要はない。貧しさのため、一般の金融機関を利用することが難しいメンバーにとって、低利子で借りられるこの仕組みは大きな助けになっているようだった。

グループへのインタビューで、ほかのメンバーが積極的に話す中、ずっと黙っていた1人の女性が気になった。インタビューを終えて解散しようとしたその時、「一言いいですか」と、その女性が立ち上がった。

台風の6日後に生まれた男の子をあやすお母さん。ワールド・ビジョン・ジャパンは災害時でもお母さんが安心して授乳や育児ができるスペースを設置している

台風の6日後に生まれた男の子をあやすお母さん。WVは災害時でもお母さんが安心して授乳や育児ができるスペースを設置している

ほかのメンバーやスタッフも少し驚いた表情で見つめる中、彼女は緊張した面持ちで、静かに話し始めた。「私は、ワールド・ビジョンに感謝を伝えたい。私の夫は3年前から病気で働けず、収入のない日々が続きました。お金を借りられる家族も友人もおらず、本当に苦しかった。でも、私たちが人生で一番の暗闇にいたときに、ワールド・ビジョンが来てくれました。このグループの活動を始めて、一緒に支え合える友だちもできました。本当にありがとう」

涙をこらえながら、勇気を出して感謝を伝える彼女の姿に心を打たれた。そして、思った。彼らは、心の奥にある悲しみを乗り越えるために笑っているのだ。悲しみと強さをあわせ持った笑顔なのだと。

感謝を伝えてくれた女性(右)

感謝を伝えてくれた女性(右)

台風発生から明日で1年。2つの支援地域では現在、被災からの復旧・復興に取り組みつつ、長期的な地域開発支援に軸足を戻そうとしている。課題は多く、道のりは長いが、支援地域の子どもたちや人々が負けそうになるときに手をさしのべ、寄り添うことができる存在として、ともに歩んでいきたいと願っている。

※この記事はワールド・ビジョン・ジャパンの蘇畑スタッフが執筆し、2014年11月7日付SANKEI EXPRESS紙に掲載されたものです。

この記事を書いた人

蘇畑 光子
蘇畑 光子支援事業部 スポンサーシップ事業課 プログラム・オフィサー
恵泉女学園大学卒業後、2006年7月にワールド・ビジョン・ジャパン入団。国内でのファンドレイジング、広報を担当した後、2013年4月より支援事業部スポンサーシップ事業課に所属。南アジア諸国での支援事業の監理を担当。
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