【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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ネパール極西部の農村 男手がない貧困

この記事はワールド・ビジョン・ジャパンの蘇畑スタッフが執筆し、2013年11月1日付SANKEI EXPRESS紙に掲載されたものです。

ネパール。世界最高峰のエベレストを有するヒマラヤ登山の玄関口として、日本人にとってもなじみのある国です。今年5月、冒険家/プロスキーヤーの三浦雄一郎氏が史上最高齢でエベレスト登頂を成功された時、奇しくも私もネパールにいました。と言っても、観光やトレッキングを楽しんでいたわけではありません。ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)が、チャイルド・スポンサーシップにより同国で実施している地域開発支援(ADP)のモニタリングのためです。

コミュニティの集落

コミュニティの集落

WVJの支援地があるセティ県ドティ郡は、東西に長いネパールの極西部にあります。首都カトマンズから飛行機で約2時間、極西部地域の都市ダンガディに飛び、さらに車で約10時間走ります。標高が高く、1,000m~3,000mの高低差があり、最後の約3時間は山越えです。ガードレールもなく、幅の狭い凸凹の崖路を登ってようやくコミュニティの入口に到着します。

コミュニティの小学校に通う子どもたち

コミュニティの小学校に通う子どもたち

WVJは2009年より、同郡の7つのコミュニティを対象にADPを実施しています。2010年に初めて現地を訪れた上司は、「“こここそ支援をすべき場所だ”と思った」と言っていましたが、到着してその言葉を実感しました。コミュニティの環境が、想像していたよりもはるかに過酷な貧困状態だったからです。

薪を運ぶ少女

薪を運ぶ少女

コミュニティは丘陵地帯のため、人々は急な傾斜地に家を建てて暮らしています。家は泥や木でできており、1階部分では牛などの家畜を飼っているため不衛生です。電気、水、トイレといった基本的なインフラは整っていません。貧しさのため、働き盛りの男性のほとんどがインドやネパール国内の都市部に出稼ぎに出てしまい、コミュニティに残された女性や子どもたちが農作業などの重労働を担っていますが、生産性は低く、子どもたちの多くが栄養不良です。

ネパールそのものが後発開発途上国の1つですが、都市部と農村部といった地域間の格差が広がっており、1年間の消費が19,261NPR(約19,100円)に満たない貧困率[i](2010/2011年)は、ドティ郡のある極西部は45.61%と、ネパール全体の平均を約20%上回ります。これは、極西部で暮らす2人に1人が、日々の生活の必要を満たせていないことを意味します。格差は所得面だけではなく、教育や社会サービスへのアクセスの制限、自給自足以外の就業機会の制限、運輸交通インフラの不備など、他の面でも起きており、このコミュニティの子どもたちは、ネパールでも特に厳しい生活を送っています。

女性グループへのトレーニングの様子

女性グループへのトレーニングの様子

コミュニティを歩いていると、女性や子どもたちが物珍しそうについて来ます。休憩がてら、家の軒先に座って女性たちとおしゃべりをしていた時、ある女性が気恥ずかしそうに言った言葉が忘れられません。「ここは、あなたの国より貧しいから恥ずかしい」

当たり前かも知れませんが、彼女が自分たちを“貧しい”、私を“豊か”と認識していることが、心に刺さりました。彼女はこれまで、どんな人生を送ってきたんだろう。何を感じ、考え、毎日の生活を送っているのだろう。あどけなく可愛い笑顔を見せてくれるこの子どもたちは、どんな人生を歩んで行くのだろう。私には想像することしかできません。そんな私に、果たして何ができるのだろうか―?

話を聴かせてくれた女性たち

話を聴かせてくれた女性たち

悶々とした思いを抱えながら、5~6人の母親グループに話を聴きました。WVは、ADPの一環として行政機関と連携し、コミュニティの女性たちを対象にした子どもたちの健康についての研修や、保健ボランティアへのトレーニングなどを実施しています。彼女たちは、これまでどんな活動をしてきたか、これから何をしていきたいか、話したくて仕方ないといった様子で、次のミーティングの時間が迫るまで話は止まりませんでした。

私は「どの国でも、女性たちはおしゃべり好きなんだな」とのんきに考えていましたが、彼女たちと別れた後、現地スタッフが教えてくれました。「自分たちが初めてここに来た時、彼女たちはほとんど何も話せなかった。質問したり意見を求めたりしても、何も答えられなかった。何回もミーティングや研修をしているうちに、少しずつ話せるようになったんだ」

この言葉を聴いた時、私たちがなすべきことが示されたような気がしました。コミュニティの人々や子どもたちが、自分の持つ可能性に気付き、伸ばし、発揮できるような機会を提供していくこと。コミュニティの課題には、彼らが中心となって取り組んでいけるように側で支え、一緒に歩いて行くこと。そしていつか彼らが一人で歩けるようになったら、そっと側を離れることではないか、と。

ADPは2026年まで、17年間の長期間にわたって行われます。コミュニティの抱える課題は山積しており、私たちだけでその環境を劇的に改善することはできません。それでも、この期間に成長していく1人でも多くの子どもたちが、支援を通じて少しでも生活環境が改善され、少しでも多くの可能性を伸ばし、1つでも多くの人生の選択肢を持つことができれば、小さな変化の積み重ねがやがて大きな流れを生み、きっと未来につながっていく。彼らには、その力があるのだから。

コミュニティの人々に教えてもらったこの確かなことを大切にしながら、私は自分の置かれた場所で、自分なりに精一杯、より良い支援を続ける努力を続けていこう。そう思いながら、初めてのネパールを後にしました。


[i] 所得または支出水準が最低限の必要を満たす水準が貧困線であり、それに達しない層(=貧困者)が全人口に占める割合。出典:JICA「貧困プロファイル ネパール 2012年度版」

この記事を書いた人

蘇畑 光子
蘇畑 光子支援事業部 スポンサーシップ事業課 プログラム・オフィサー
恵泉女学園大学卒業後、2006年7月にワールド・ビジョン・ジャパン入団。国内でのファンドレイジング、広報を担当した後、2013年4月より支援事業部スポンサーシップ事業課に所属。南アジア諸国での支援事業の監理を担当。
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