【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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移民の子どもたちを守る ―バサ長老の決意

白く長いあごひげ、顔に深く刻まれた皺(しわ)。28年前に故郷のミャンマーを離れ、いま国境の川をはさんだタイの町で暮らすバサさんには、まさに長老と呼びたくなるような風格があった。「子どもたちこそが我々の未来です。私はその未来を守りたいのです」。ミャンマーからの移民たちが肩を寄せ合って暮らす地区の一角で、バサさんは子どもたちへの熱い思いを語り始めた。

「子どもの保護と啓発センター」について語るバサさん

「子どもの保護と啓発センター」について語るバサさん

ここに暮らすミャンマー移民の多くは、貧困に追い立てられて国境を渡ってきた。経済発展の著しいタイには安い労働力の需要があり、近隣諸国から多くの人びとが流入する。しかし移民とその子どもたちには、多くの危険と困難が待ち構えている。生活は厳しく、教育や保健医療などの社会サービスを受けることが難しいだけでなく、強制労働や性的搾取など、いわゆる人身取引の被害にあうケースも多い。

「子どもの保護と啓発センター」の前で、バサさんと筆者

「子どもの保護と啓発センター」の前で、バサさんと筆者

そんなミャンマー移民の暮らすコミュニティの一角に、ワールド・ビジョンが支援する「子どもの保護と啓発センター」がある。雨でドロドロにぬかるんだ土の上に立つ簡素な小屋は、先生役を務めるバサさんが自分で建てたものだ。バサさんはここを拠点に、子どもたちが人身取引の被害にあわないよう、ユース・クラブを通して啓発活動をしている。土日になると、この小さな部屋に20人ほどの子どもたちがやってきて、読み書きを習い、人身取引や様々な暴力から身を守りコミュニティを改善する方法を話し合う。

 

WVが支援するラーニング・センターの教室。タイの学校に通えないミャンマー移民の子どもたちが通う。先生もミャンマー移民だ

WVが支援するラーニング・センターの教室。タイの学校に通えないミャンマー移民の子どもたちが通う。先生もミャンマー移民だ

バサさんのような人たちはコミュニティに何人もいる。彼らの活動は幅広い。もし子どもが行方不明になったり人身取引が疑われる事例があれば、ワールド・ビジョンなどのNGOに通報し、関係機関が動き出すきっかけを作る。無事子どもが保護されれば、その子どもが再びコミュニティの中で安心して暮らしていけるよう、バサさんたちは心を砕く。
「私は自分の活動に誇りを持っています。私たちのコミュニティには移民2世、3世の子どもたちが生まれています。私たちの置かれた状況は厳しい、でもだからと言って子どもたちが搾取されることがあってはならないはずです」。

バサさんが経験のひとつを話してくれた。「バンコクに行けば仕事をしながら教育が受けられる」というブローカーの甘言にだまされて、ミャンマー人の子どもたち6人が、花売りの仕事をするためにコミュニティから送り出されたことがあったそうだ。だが2か月もしないうちに連絡が取れなくなり、心配した母親たちがバサさんに相談してきた。実際には子どもたちはバンコクで劣悪な環境で監視されて暮らし、路上での花売りの仕事を強制されていたのだ。子どもを対象とした人身取引である。その後バサさんからの通報が発端となって子どもたちは救出され、保護シェルターでの生活を経て2年後に無事戻ってくることができた。

啓発センター室内には子どもたちが人身取引をテーマに描いた絵が貼ってある

啓発センター室内には子どもたちが人身取引をテーマに描いた絵が貼ってある

移民や難民の子どもたちは「移動する子どもたち(children on the move)」と呼ばれる。こうした子どもたちは性暴力、児童労働、人身取引などの被害にあうリスクが高く、教育や保健医療サービスも十分に受けることができない。「移動」の理由は様々であり、問題の背景は複雑だ。だが、たとえば不法移民なのだから仕方がないなどという言い訳はあってはならないはずだ。単純な解決策などないからこそ、世界のどこにいてもすべての子どもが安全にそして健やかに育つよう、今いる場所で今できることをするのが私たち大人に課せられた仕事のはずだ。その一番大切なことを、バサさんたちの活動は教えてくれている。

 

アドボカシーチーム
志澤道子

この記事を書いた人

アドボカシーチーム
貧困や紛争の原因について声をあげ、市民社会や政府による行動を通じて問題解決を目指していくアドボカシー。

他のNGOをはじめいろいろな関係者と連携しながら活動を行っています。ロビイングやキャンペーンにかける想い。ぜひお読みください!
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