【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

世界の子どもを支援する国際NGO
ワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフが
プロジェクト報告や日々の苦労話、
あっと驚いた話などを綴ります。
視聴した映像について意見交換中

【インターン体験記】国際NGOのインターンって何をするの?ためになるの?

タイトルの答えを知りたい方、最後まで読むと分かります! 【自己紹介】 6月から8月末まで、マーケティング第1部新規ファンドレイジング課で、Web広報サポートインターンとしてワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)の活動に関わらせていただきまし...

「お坊さんと一緒に渡ればこわくない!」近年急速に増えた交通量に信号システムの導入が追い付かないので、ヤンゴン市内で道を渡るのはスリル満点。筆者が側道でオロオロしていたら、猛スピードで走行していた左右の自動車が突然すべて停車。お坊さんが渡ろうとしていたのです。便乗して道を渡るヤンゴンの人々

初ミャンマー出張。ヤンゴンで感じた「十年ひと昔」

ミャンマーと聞いて、どんなイメージが思い浮かぶでしょうか? ワールド・ビジョンをご支援くださっている皆さまは国際情勢に詳しい方が多いので、本当にお恥ずかしいのですが、入団2年生の筆者が思い浮かべるミャンマーのイメージは、アウン・サン・スー・...

2017年の難民シンポジウム。奇跡的に出会った女性とともに(著者は右)

私の人生を変えた品川マック ~あなたのコーヒーはスモール?レギュラー?~

「涙とともにパンをかじった者でなければ人生の本当の味は分からない」(ゲーテ) 2017年1月31日。 この日のマックを忘れない。 初めて、難民(正確には、難民申請者)と話した日。 品川マックで難民に関する資料を読んでいたら、身長190cm以...

ビディビディ難民居住地に住む子どもたちと筆者

難民の子どもたちの笑顔から

4月より、ウガンダ北西部にあります、アフリカ最大の難民居住地の近くで駐在をしている大井です。 私が担当している事業地 、ビディビディ難民居住地には、目黒区や豊島区の人口と同じ程度の27万人が生活をしており、そのうちの7割もの数を子どもたちが...

イラク、モスルでの新規事業スタート! -事業スタッフの想い-

かつて美しい旧市街がシンボルだったイラク北部の街、モスル。 2014年以降、武装勢力の第2の拠点として支配され、その後の奪還作戦では激しい戦闘が繰り広げられました。街は壊滅的な打撃を受け、住民の約半数が家を追われました。逃げ出すこともできず...

モーセと筆者

18歳、難民居住地で暮らす。将来の夢はジャーナリスト。

内戦の只中にある南スーダンは、絶望的な状況だ。 でも、18歳のモーセは、そう捉えていない。 父を内戦で失い、孤児となったモーセは、2016年9月、たった一人で南スーダンのイエイという町からウガンダのビディビディ難民居住地に逃れてきた(下の地...

補習授業の先生(中央のベストを着た女性)も子どもたちと一緒に遊んでストレス発散のお手伝いをします

「あの人がいてくれたら」

シリアで内戦が始まってもう7年も経ってしまいました。 ワールド・ビジョン・ジャパンはヨルダンでジャパン・プラットフォーム(JPF)の助成金と日本の皆さまから頂いた募金で運営する教育事業を行っており、今年で5年目になります。一貫して紛争の影響...

支援によってご飯が食べられるようになり元気になったルワンダのクララちゃん(4歳)

「父の日」に寄せて。

ルワンダより、父の日に寄せて。 こんにちは。ルワンダ駐在の望月です。2016年の年明けに家族4人でルワンダに移り住み、約2年半が経ちました。小学校2年生と、4歳になる息子たちもルワンダの暮らしにすっかり慣れてきました。 アフリカ ルワンダで...

南スーダン難民の子どもたちと筆者

事務局長 木内真理子コラム「世界に思いをはせて Vol.3」

シリア内戦発生から7 年が経ちました。 紛争や迫害により世界で難民生活を余儀なくされている人は6500 万人を超え、半分以上が18 歳未満の子どもです。紛争は泥沼化し、今や難民の平均避難期間は17 年とも言われています。祖国に帰るまでのはず...

教育を通じて、南スーダン難民の生徒たちが、将来と希望を取り戻すことができますように

白熱!バスケ試合@難民キャンプ

「将来のバスケットボール南スーダン代表選手がここに?!」 なんて、思わず感じてしまった白熱の試合。実は、難民キャンプの敷地内にある中等学校に通う生徒たちによる試合でした。今回のブログでは、先日エチオピアのガンベラ州にあるジョウィ・南スーダン...

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