みなさん、はじめまして!法人・特別ドナー課の加藤早紀です。
突然ですが、「支援地」と聞いて、何を思い浮かべますか?
難民キャンプを思い浮かべる方もいらっしゃるかと思いますし、世界銀行が定める国際貧困ライン(1日1.9米ドル)を下回る生活水準で人々が暮らす地域や、国名を具体的に思いつく方もいらっしゃるかと思います。
私にとって、思い出せる限りで初めて抱いた「支援地」のイメージは、小学校から大学生まで参加していたボーイスカウトで行ったユニセフ募金の「ポスターに描かれている世界」でした。「どこかで困っている人がいて、この募金活動がその人たちのためになるなら頑張ろう」そう思って「募金にご協力ください」と仲間たちと呼び掛けていたことを今でもよく覚えています。
大学生になった時、出身の中高でワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)を支援していたことから個人でチャイルド・スポンサーになりました。海外旅行が大好きな私は、支援を始めて3年ほど経った時にひとつのことを考えるようになりました。
「この子に会いに行ってみたい」
個人の旅行でラオスやタイなど、アジアの国々を訪れましたが、足を運ぶのは観光地が中心でした。
「観光客が行かないような所はどんな所だろう」「Google mapで見ると、道がないように見えるこの地域ではどういう暮らしをしているのだろう」「私のチャイルドはどんな所に暮らしているのだろう」などと考えるようになりました。
百聞は一見に如かず、と支援地を訪問してみたいという思いを募らせつつも、機会がなく、チャイルドが住むインドネシアのススカンADPを訪問することはなく支援終了を迎えました。(ススカンADPは2015年9月に支援終了)
そんな私がWVJのスタッフとなり、1月に初めて訪れた「支援地」で感じたことをご紹介します。
いざ支援地!・・・ の前に受けた衝撃
私は大学を卒業して旅行会社で数年勤務した後WVJに入団し、支援地訪問を担当することになりました。はじめの仕事は、「個人訪問」としてチャイルド・スポンサーの方が訪問可能な支援地の行き方の資料を作ることでした。21カ国に46ある地域開発プログラム(ADP)のうち、訪問が可能な支援地への行き方をGoogle mapや過去の訪問履歴・出張報告書をもとにまとめました。
旅行会社で勤務していたとは言え、日本からの渡航者が少ない地域がほとんどです。「…営業所にいるときにこの空港までの航空券くださいって言われたら大パニックだったかも…(そもそも土地の名前が聞き取れない)」「Google mapで表示されない!!(Google mapで「お散歩」が趣味の私にはとても衝撃が大きかったのです)」と、時に驚きながら行き方をまとめました。
初の出張でミャンマーへ!
「Google mapでも表示されないような場所にある支援地」について、WVJの先輩スタッフが出張で支援地域を行き来しその報告を聞く中で、少しずつ具体的なイメージを持つようになりました。ついに、私も初めての出張で、ミャンマーの支援地訪問ツアーの同行者として、支援地を訪れる時がやってきました。
支援地訪問ツアーで訪れる地域は一般的なミャンマー観光で行くエリア外にあるため、商務ビザを用意したり、ミャンマーの歴史をおさらいするなどして出張に臨みました。
タバウンADPはこんなところ
今回のツアーではタバウンADPを2日間訪問しました。
1日目はホテルから車で1時間ほど(比較的きれいに舗装された道)の場所にある支援地域内の教会でチャイルドたちに会いました。ツアー参加者とチャイルドの交流、チャイルドのウェルカムパフォーマンスに感動しました。
2日目は陸路に加え、船で1時間半の村を訪問しました。船はとても小さく、船底がゆるやかなV字になっているため、自ずと私たちも腰を曲げながらV字の姿勢で乗りました。救命胴衣を着けると大人4人でぎゅうぎゅうで、誰かが動こうとすると船が傾きそうになり、みなでバランスを取りながら乗るような船旅でした。
「やっとついたー!」と船を降りると、道の両側で民族衣装をまとった子どもたちがずらっと並んでお出迎えしてくれました。小さな広場で歓迎の踊りを踊ってくれる子どもたちもいました。子どもたちや地域の人々の笑顔、活動の様子を報告してくれた村長さんの誇らしげな様子、村でとれたえび・ブタ・お野菜をふんだんに使ってふるまってくださった昼食にもとても感動しました。
詳しくは公式ホームページのミャンマー支援地訪問ツアー報告をご覧ください。
この村は、Google mapでは全く表示されない、私が以前「本当にここにあるの?」と思ったような村でした。しかし足を運んでみると実際に村がそこにあり、地域の人々にWVの活動が受け入れられて変化をもたらしており、そして、支援者とWVJスタッフへの感謝のこもったもてなしに心のつながりを感じました。
成田空港に到着して感じたこと
「体調不良や現地でのトラブルがなく、ご支援者の皆さまとご一緒に帰って来られた!」という安心感がひと段落して家に向かう道すがら、私が思ったことは「支援地は日本とつながっている」ということでした。私が大学生の時、時に懐の寒さを痛切に感じながら行っていた支援は「どこか違う世界」ではなく、「私が暮らしている世界と同じ世界」に届いている。当たり前のことですが、これは私にとって大きな気づきでした。
地理的にも日本と支援地はつながっている。支援も、日本の皆さまと支援地に暮らす人々をつないでいる。日本の皆さまと支援地に暮らす人々の心も、つながっている。日本で暮らしていると必ずしも目には見えない、たくさんの「つながり」と、「支援地は私たちが暮らす世界にある」。そのことを肌で実感することができるミャンマー出張でした。
マーケティング第1部 法人・特別ドナー課
加藤 早紀
この記事を書いた人
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