【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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内戦の傷癒えぬエルサルバドル 暴力と恐怖連鎖 「心の貧困」防げ

この記事はワールド・ビジョン・ジャパンの松岡スタッフが執筆し、2013年10月7日付SANKEI EXPRESS紙に掲載されたものです。

トウモロコシの粉で作るトルティーヤがこの国の主食だ

トウモロコシの粉で作るトルティーヤがこの国の主食だ

中米の小国、エルサルバドル。四国と淡路島を合わせたほどの面積に約630万人が暮らす。国名はスペイン語で「救い主」を意味するが、この国がたどってきた歴史や置かれている現状を見ると、エルサルバドルという響きに、ある種の皮肉を感じてしまう。エルサルバドルが「救い主」なのではなく、この国こそが「救い主」を必要としているのではないかと。

日本 0.3件
エルサルバドル 70.2件

この数字は、人口10万人当たりの殺人発生件数である。エルサルバドルの高い殺人発生率はホンジュラスに次いで世界で2番目だ。

ワールド・ビジョンによる支援で作られた公園で遊ぶ子どもたち。屈託のない笑顔がまぶしい

ワールド・ビジョンによる支援で作られた公園で遊ぶ子どもたち。屈託のない笑顔がまぶしい

この国は、長い間暴力と恐怖の連鎖に悩まされてきた。1980年から92年の和平合意締結まで、政府軍とゲリラ勢力との間で激しい内戦が続けられ、約7万5000人が犠牲になった。

その間、多くの国民が母国を後にし、アメリカへと渡った。移住先で安定した生活を手に入れた人々もいる一方、貧困のサイクルから抜け出せずに犯罪組織に関わるようになった者も少なくない。そして、彼らの多くが不法移民として母国に強制送還された。アメリカ仕込みの犯罪はエルサルバドルに蔓延(まんえん)し、強大な犯罪組織「マラ・サルバトルチャ(通称マラス)」が治安を極度に脅かしている。

ワールド・ビジョンの支援で作られた公園で遊ぶ子どもたち

ワールド・ビジョンの支援で作られた公園で遊ぶ子どもたち

エルサルバドルでは母子家庭が非常に多い。男性の多くが国外に出稼ぎに出ているからだ。父親の不在は家庭が経済的に不安定になるだけでなく、子どもたちが頼るべき精神的支柱の欠如にもつながる。暴力と恐怖の中にあっても安心感を与えてくれる存在、そして一人前の大人へと成長していくにあたって手本とすべき存在がいないのである。

子どもたちは犯罪組織と隣り合わせの生活を余儀なくされているのが現状だ

子どもたちは犯罪組織と隣り合わせの生活を余儀なくされているのが現状だ

そうした家庭環境を踏まえ、ワールド・ビジョンは、子どもたちの年齢に応じた包括的な支援活動を実施している。0~3歳児を抱える母親には栄養教室を開き、乳幼児の成長に必要な栄養素の基礎講習から調理指導まで行う。母親たちは家庭菜園や養鶏にも取り組み、子どもたちや家族の健康増進や現金収入源として役立てている。3~6歳児については、日本の幼稚園や保育園にあたる「就学前教育センター」を設立し、情操教育に力を入れている。就学前教育を受けられる機会が少ないエルサルバドルにおいて、このセンターが果たす役割は大きい。

6~11歳、12~24歳という2つの年齢別グループには、クラブ活動に力を入れている。子どもたちがエネルギーや時間を持て余して犯罪組織と関わることのないよう音楽や美術のクラス、スポーツ大会を実施し、将来の生計手段として役立つよう理髪や手工芸、配電といった技術も教えている。

クラブ活動において子どもたちのリーダーとなるのは、同じ地域に住む「先輩」である。

犯罪組織と関わり命を落とした友人の墓を訪れたダニエル

犯罪組織と関わり命を落とした友人の墓を訪れたダニエル

そのうちの一人、18歳のダニエルは、13歳の頃から麻薬とアルコールに手を染め始めた。犯罪組織には加入しなかったものの、そのメンバーに2度殺されかけた。彼の友人は実際に命を奪われた。現在の彼は麻薬もアルコールも断ち切り、毎週土曜日のクラブ活動で13歳から20歳の若者20人あまりのリーダーとなっている。ダニエルは言う。「僕は変わった。ほかのみんなも変われるんだ」

エルサルバドルで暮らしたことのある日本人は「あの国の人々は温かく、本当に優しい」と口をそろえる。勤勉な国民性から「中米の日本」と呼ばれることさえある。そんな国に暴力と恐怖、貧困の連鎖は似合わない。子どもたちには、温かな家庭で育まれ、小さな身体いっぱいに満ちる大きな可能性を開いていってほしい。

この記事を書いた人

松岡拓也
松岡拓也支援事業部  開発事業第1課 カンボジア駐在
東京外国語大学外国語学部英語科を卒業。在学中にインドのコルカタにある「神の愛の宣教者会」(マザー・テレサが創設した修道会)の施設でボランティア活動をし、「途上国」で生きる人々や彼らを支える人々の姿に心動かされる。大学卒業後、YKK株式会社にて勤務するが、インドでの体験が忘れられず同社を退職し、青年海外協力隊(村落開発普及員)としてボリビアに赴任する。現地では標高4,000メートル近い高地の田舎町に派遣され、役所、現地住民、NGOと協力しながら学校給食改善プロジェクトや衛生教育、女性グループの収入向上活動などに携わる。帰国後、日本貿易振興機構アジア経済研究所開発スクール(IDEAS)で学び、開発専門家養成のための研修課程を修了。2012年8月にワールド・ビジョン・ジャパンに入団し、支援事業部 開発事業第1課にて勤務。現在カンボジアに駐在中。
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