【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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あるNGO職員の独白 - 出張地の猛暑から身を守るには?

タンザニアのチャイルド・スポンサーシップによる支援地域にできた給水ポンプで水くみする子どもたち

タンザニアのチャイルド・スポンサーシップによる支援地域にできた給水ポンプで水くみする子どもたち

日本では東京をはじめ連日35度以上の猛暑日を経験している地域が多い今日この頃。これは明らかに地球温暖化の影響と思われ、このような現象が続けば人々の健康にも大きな影響をあたえるのではないかと懸念する次第である。あるとき長年にわたり東京で留学生活を送ったバンコク生まれのタイ人の知人に「日本の夏とタイの夏ではどっちがきつい?」と質問したことがあった。彼は迷うことなく「そりゃあ、日本に決まっているでしょう。だって冬で一度冷やされてからの日本の蒸し暑さはタイとは比較にならないほど体にはきついよ!」と答えた。なるほどと思った。

さて、海外援助活動の現場に携わっていると、時には日中40度以上になる現場に行くこともある。私など短期出張だからまだしも、そこで駐在する外国人スタッフはまさに体力勝負である。勿論スタッフの健康管理は食事や飲み物への配慮や適度な休暇などの自己管理と団体のサポートが必須となる。ただ、アフリカの偏狭地で電気も飲料水もないような現場に出かける際は、短期とはいえ自己防衛が必要である。ペットボトル飲料水の常時携行は基本中の基本だ。

遠い昔になってしまったが、紛争によりソマリアからの難民が流入したケニアのワジール州に事業形成のために行ったことがあった。ナイロビからのワジールへのアクセスは、当時はセスナをチャーターして行くしかなかったので、私たちは事前にMAFFという団体が運行しているセスナをチャーターした。MAFFは世界の奥地で活動する宣教師をサポートするためにできたクリスチャンの団体であり、パイロット自身も宣教師として主に欧米の国々より参加している。単発の4人乗り小型セスナに乗り込んだ私を含む3名のワールド・ビジョンスタッフは、英国のシェットランド諸島出身の宣教師パイロット、エディーから、不時着する際の注意事項を聞いた後に2時間半の飛行の安全を祈ってもらい離陸した。因みにこの小型セスナは安全性にすぐれ、エンジンが停止しても充分に不時着可能であるのでパニックにならないようにということだった。セスナの中は窮屈で蒸し暑かった。エアコンの送風はあったものの窓に照り付ける灼熱の太陽が肌に冷気を感じさせなかった。それでも眼下にある雄大なサバンナ、そこここに点在する村々をカメラに納めることで時間はあっという間に過ぎていった。離陸して暫くは飛行ルート周辺の景色を私たちに解説してくれたエディーは、やがて寡黙になり、しばらく操縦に専念し石ころだらけの500メートルの滑走路一本のみのワジール・エアポートへ無事セスナを着陸させた。しかし着陸直後エディーは体調を崩し、エアポートに迎えに来ていたワールド・ビジョンの4WDに乗り込むなり崩れるように横になった。私たちは彼をカトリックのゲスト・ハウスに運び、シスターにケアを頼んで仕事の現場へ向かったが、なんと彼はセスナ操縦中に脱水症状に陥り必至に操縦していたが、あと10分もしたら意識がなくなっていたかの知れないということを3日後体調が完全に回復したときに教えてくれた。エディーは、「出発前にもっとしっかり水を飲んでおくか、手元に水を用意しておくべきだった。」と申し訳なさそうに語っていたが、その一方で「神様が守ってくれた。この経験を今後の働きに生かしたい。」と、アフリカで働く宣教師スピリットは萎えていなかった。私の方はそのこと以来飲料水の常時携行を出張地の暑さから身を守る自己防衛手段の基本としている。(寒い場所の場合はホカロンを携行している。これは自己防衛というよりは年のせいか、、、。)

さて、すでに述べたように日本の夏も充分に暑い。連日熱中症で病院へ運ばれる方々のことがニュースで取り上げられている。日本でも自己防衛手段は水分の補給である。先日この基本を忘れ、35度以上の炎天下で地元の農協から借りている野菜畑で農作業をしていた。2時間ほど汗だくなりながら土を起こし野菜を植えていたところ、軽いしびれを体に感じ意識も徐々に朦朧としてきて座り込んでしまった。これは軽い熱中症の症状だ!ほんの200メートル程度あるが自宅まで歩いていける体力はないと判断し、携帯で妻に連絡しペットボトルの水を運んでもらったのだった。幸い大事に至らなかったが、それ以来必ず畑にもペットボトルを持ってゆくことにしている。

―おわり

この記事を書いた人

高瀬一使徒
高瀬一使徒
大学卒業後オーストラリア留学などを経て、青年海外協力隊に参加モロッコに2年間滞在。1989年にワールド・ビジョン・ジャパン入団。タイ駐在などを経て、1997年より支援事業部部長(旧 海外事業部)。現在までに訪れた国数約85カ国。4人の子どもの父親でもある。2014年3月退団。
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