【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

Read Article

あるNGO職員 at カトマンズ エアポート -その1

*私の仕事の流儀

女性の野菜栽培グループ

女性の野菜栽培グループ

海に囲まれている日本では海外出張となると通常空港を利用することになる。
東京に事務所があるWVJのスタッフは殆どのケースが成田空港を利用するが、最近では航空会社や行き先によって関西国際空港からというスタッフも増えてきた。
空港とは国の玄関であり、そこを見ると国の統治能力や経済、文化までが見えてくる。私たちの出張対象国は殆どのケースが開発途上国であり、国の貧困度合に比例して空港の建物の質、出入国管理や税関等のシステムや配置されている人材のレベルに差があることを目の当たりに経験することが多い。
要するに途上国の空港は混沌としており何が起こるかわからないのである。
そんな状況の中でわたくし個人としてはプロのNGO職員として、いかに様々な国の空港をスムーズに通過し、一刻も早く事業地や帰国の途につくということを仕事の流儀としている。
これは20年の経験をとうして至ったもので、入国管理官に疑われ数時間の拘束を受けたこと数回、税関やセキュリティ・チェックで不当な金品を要求されたことは数しれず、ひどい時などお金を出すことを拒否したことで別室につれて行かれ、出発時間ギリギリまで拘束を受け危うくフライトを逃がす寸前で航空会社のスタッフに助けられたこともあった。
さらにとっておきは、チェック・インから出国手続きの間に同僚が財布、パスポート、搭乗券の入ったバックをすられ、仕方なく1人で搭乗したものの、セキュリティの関係で客室から降ろされ機体の荷物室に入れられチュックインした同僚の荷物を下ろす作業をさせられたこともあった。その後同僚は日本大使館の助けで無事に帰国し私は出張を続けた。
これらの20年以上の様々な困難を潜り抜けてきた経験から途上国の空港に入るとある特別なスイッチが私の中でオンになり、ある種の戦闘モードに入るのである。空港に入ったとたん、引越しでもするが如き大量の荷物をカートに載せた南アジア系の方々は巧みなカートさばきで追い越し一歩でも先にチェックイン・カウンターに並ぶ。そして怪しげな中東系ビジネスマンの並ぶ入国管理の列は遠慮し、ショーツにビーチ・サンダルの欧米系若者のグループの向う税関も避ける。1歩前の精神と緊張感そして笑みは常に絶やさず、しかも「私は真面目な日本市民でありまーす!」というオーラを発しながら空港内のすべての手続きを済ますのである。

*ネパールとNGO活動

さて、昨年の12月、私はネパールへ出張にいった。ネパールは日本ではエベレストを初めとするヒマラヤの山々やチベット仏教の聖地などで観光国のイメージが強いが、実は不安定な政治情勢や多民族国家ゆえの複雑な民族関係などでアジアでは最貧国の中にあり、そしてその事実はそれほど日本の一般の方々には知られていない。
首都カトマンズ近郊の農村部を視察しても、道路、電気、水道、などの生活インフラですら不十分で、子どもたちの教育や保健衛生などの分野はNGOを初めとする海外からの支援に頼らざるをえない状況である。
ましてや一番貧しいとされる山岳部の村々などでは、電気や井戸さえなく、小さな子どもたちが何時間もかけて水源から生活水を運んでいるのが現状である。それらの地域では治安の不安定さや交通手段の問題などでNGO支援も届いていない地域が多い。

一方でネパールはNGO大国といわれるほどNGOがひしめき合っている国で、それは地方の土建屋さんから便利屋さんまでがローカルNGOとして登録しておりFor Profitの業者とNone ProfitのNGOの違いがない。
また、ワールド・ビジョンのような海外からのNGOは法律により直接事業を実施する事ができず、かならずローカルNGOと契約して事業の実施を委託しなければならない。従ってしっかりした事業を実施するのには、まず信頼できるパートナーを選ぶこと、そして次にパートナーに団体の理念や仕事の進め方を理解してもらうことが不可欠であり、そのプロセスに多くのエネルギーと長い時間を投入せざるを得ない。
ニーズは大きいが、海外のNGOは活動しにくい国であるといえる。
そんな状況を出張中に目の当たりにしたことから、私の心の中はネパールに対する支援に二の足を踏む思いになっていた。

―つづく

この記事を書いた人

高瀬一使徒
高瀬一使徒
大学卒業後オーストラリア留学などを経て、青年海外協力隊に参加モロッコに2年間滞在。1989年にワールド・ビジョン・ジャパン入団。タイ駐在などを経て、1997年より支援事業部部長(旧 海外事業部)。現在までに訪れた国数約85カ国。4人の子どもの父親でもある。2014年3月退団。
Return Top