【スタッフ・ブログ】国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパン

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南京虫リターンズ

事業地のマサイの女性たち

事業地のマサイの女性たち

2007年の本ブログ上で、小生のルワンダに於ける南京虫の被害にあったことの詳細をお伝えしたが、その後意外な反響があったようだ。

(その1)
どうも南京虫に刺された後の症状に関して調べていた医療関係者がおり、小生のブログで発表した詳細な経過報告がネット検索でヒットして大変貴重な資料になったようであった。いやはやお恥ずかしい写真まで掲載したわけだが、何かのお役に立てただけでも書いた甲斐がありました。

(その2)
今年10月にケニアに出張し事業地を訪問する機会があったが、その時にエスコートしてくれたスタッフはマサイ族出身のダニエルだった。彼こそ2年前にルワンダからにケニアに寄った際に南京虫の痒みと腫れ、炎症からくる熱で苦しんでいた小生を医師に電話し処方箋を聞き、直ぐに買って来てくれたスタッフだったのである。

ダニエル:「いやー、カズ(私のニックネームで三浦カズがJリーグで人気を博す以前からWV内では広く知られている。)、この前はびっくりしたよ。でも直ってよかった。ほんとによかった。」

私: 「いやー、その際はすっかりお世話になったな。」「日本に帰ってからは寒さもあってか、直ぐによくなったよ。お前の買ってきてくれた薬のおかげだよ!」

ダニエル:「なーに、いいって、いいって。それで、もう刺された跡とか残ってないのか?」

私: 「ありがたいことに、それは全然ない。きれいなもんだ。」

ダニエル:「そーか、そーか、何せケニアでは殆ど南京虫なんかお目にかかれないもんなぁ。おいらなんか、未だに一度もみたことないぜ!」

私: 「リエリー!(ほんとうかよ)一度もかよ。すると俺はケニアでも貴重な存在というわけだな。」

ダニエル:「そーだ、そーだ、お前が南京虫に刺された話しはケニアのスタッフは皆知っているぜ。何せ珍しい話だからな。ケニア人もめったに刺されたことがない南京虫に日本人が刺されたとはな、、、。」

私: 「 ・・・・」

私の南京虫の騒動はケニア事務所ではかなりな話題になっていたようだった。

(その3)
このくらいで終われば、懐かしい南京虫の話しであり、「南京虫 リターンズ」と題名を掲げるほどのことではなかったのだが、実は話しは終わらなかった。ダニエルの言うとおり近年南京虫はアフリカ都市部では見ることが少なくなった。事実、2007年のルワンダ以降私は、ケニア、南ア、スワジランド、ザンビアなどに出張しているが、南京虫に遭遇したことも刺されたこともなかった。
しかし、今回のケニアの出張の後のそれも帰国便の機内で私と南京虫は再び遭遇してしまったのである。

それは、ナイロビの経由地ドーハから関空へ向う機内での出来事であった。時は真夜中であったと記憶している。
何しろ機内の照明は落とされ薄暗いエコノミー席の中での出来事であった。
耳を覆う低いエンジン音により高揚した神経に睡眠不足や疲れからくる睡魔が打ち寄せる波のように引いては返し、返しては引いてゆき、眠るでもない起きるでもない楽しいとは言いがたい時間を過ごしていた。それは最初夢かと思った。
半眼の状態の私の目にはっきりとあの細長いゲンゴロウほどの虫が毛布で包まれた私の左膝の上を左から右へ動いているのが映ったのである。
それは恐怖に対する人間の本能としか言いようがないが、私は一瞬にしてその虫を右手で握り潰していたのだった。
そして直ぐ読書灯のスイッチを押し、手の平の上のスポットライトの中でその虫が何だったのか確認しようとした。
しかし虫は私の手の平で原型が確認できないほど破壊されておりその形状を私のルワンダの記憶と比較し確認することはできなかった。

「いったいこれは何だったのだろうか?」だが、それが何であるかその形状と習性により私には2つの答えしかなかった。
1は南京虫であり、2はゴキブリである。 1を選択した場合の疑問点は「何故飛行機の中にいたのか? しかも300近い座席の中の私の席に?」しかし、潰した時の感覚は明らかにルワンダで遭遇したものとまったく同じであることは手の平の感覚が鮮明に記憶している。
ただ血を吸った形跡はのこった手の平を凝視したが確認されなかった。

2を選択した場合の合理性は高い。
即ちゴキブリは生ゴミの出るところに多く存在するので、それがたまたま飛行機の私の席で発見されたということである。
しかしここにも大きな疑問点がある。即ちゴキブリは小さいからといって人間の手の中で木端微塵に潰れるような柔らかな皮膚をしていない。あんな潰れ方をするゴキブリは絶対にいないと私の手の平は断言していた。

トイレに行き石鹸で何度も手の平を洗った私は再び窮屈なエコノミー席の中で半眼状態に戻っていた。
そして打ち寄せる睡魔の中で思っていた。「刺された形跡がないにしろあれはやはり南京虫だ、合理的に考えるより手の平の感覚を信じよう。でも刺されなくてほんとに良かった。」そして24時間が経っていた。
私は無事に関空へ到着し、羽田空港からJRと乗り継いで自宅の布団の中にいた。やはり日本の布団は良い。
あの眠るでもない起きるでもないエコノミー席の不快な時間を考えるとまさに極楽である。
今度は波のような眠気ではなく津波のような眠気が体の自由を奪おうとしていた。
とその時、痒みを覚えた左の脛に右足の親指が動いていた。

あくる日は休みであった。ぼっーとしながら朝のコーヒーを飲んでいた。すると無意識に左脛をかく右足に気がついたのだった。
もしやこれは、南京虫の痒みでは? 恐る恐るスエットの巻くりあげ脛を確認してみた。そしてそれはまさしく南京虫に刺された跡だった。
手の平はおろか全身の恐怖の記憶が私の中で叫んでいた。

「南京虫 リターンズ!」

この記事を書いた人

高瀬一使徒
高瀬一使徒
大学卒業後オーストラリア留学などを経て、青年海外協力隊に参加モロッコに2年間滞在。1989年にワールド・ビジョン・ジャパン入団。タイ駐在などを経て、1997年より支援事業部部長(旧 海外事業部)。現在までに訪れた国数約85カ国。4人の子どもの父親でもある。2014年3月退団。
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