国際NGO ワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフブログ

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マ・サン・ディ 闇の明かりへ ~ サイクロン後のミャンマーより

サイクロンが襲ってから2カ月以上が経った、ミャンマーのイラワジデルタ地帯を訪れました。今回の目的地、ボガレーの町はデルタ地帯の南部に位置し、高波による被害がとりわけ大きかったとされる地域で、ヤンゴン市からはひたすら陸路のダートを走る、約7時間のドライブとなります。

デルタ地帯に外国人が立入るためには許可証が必要で、あちこちに設けられた関所でその都度停車し、確認を受けます。

ボガレーの各村々へはボートで移動します。ボートは日常的な移動手段です。学校へは同じ村内からの徒歩通学だけではなく、近隣の村々から、通学に30分~1時間かけて通ってくる子どもたちも多くいます。

ボガレーの各村々へはボートで移動します。ボートは日常的な移動手段です。学校へは同じ村内からの徒歩通学だけではなく、近隣の村々から、通学に30分~1時間かけて通ってくる子どもたちも多くいます。

デルタ地帯に入ってからの車窓の景色は美しく、スイレンの浮かぶ水郷をカヌーがゆったりと進む、モネの世界さながらの光景にため息が出るほどなのですが、一方地面は・・といえば、水分をたっぷり含んだ粘土質の土壌にハンドルがとられ、うねりつつ前進することになり、この間ばかりは中古ながら、日本車の性能の良さをみなで確認し合うときとなります。

デルタへ行くには、ロンジーと呼ばれる現地の巻きスカートの着用が必須です。ミャンマーの方々はペロリとした布を鮮やかに腰に巻き付けるのですが、着慣れない外国人にとってはハラリと落ちる危険性が高いので、私は紐で結んで固定するやや邪道なタイプのものを購入しました。ところがこれが曲者!

 

うねった道を行くその間、後ろの結び目が幾度となく背中にあたり、同乗の男性衆を前に紐解くこともできず、軟弱にも生まれて初めて背中にコブができるという貴重な経験をすることなりました。

さて、ボガレーに無事到着!

 

〈学校1〉サイクロン後、廃材を再利用して建てられた学校です。床がたっぷり海水・雨水を吸い、粘土質となっており、学校家具さえ自立できていない状況です。でも普通に教室として使用しているというから驚きます。

〈学校1〉サイクロン後、廃材を再利用して建てられた学校です。床がたっぷり海水・雨水を吸い、粘土質となっており、学校家具さえ自立できていない状況です。でも普通に教室として使用しているというから驚きます。

今回の訪問の目的は、サイクロン後の学校の状況を見て、今後ワールド・ビジョンが何をすべきか、事業展開の検討材料とすることでした。

ヤンゴンの事務所で人伝に話を伺い、あれこれ考えていたときには思いも拠らなかったことがいろいろあります。

「百聞は一見に如かず」でしたので、少し写真でお伝えしたいと思います。

 

〈学校2〉米殼を焼いてつくった炭材を床に敷きつめて仕上げています。この炭の上を子どもたちは素足で歩くため、皮膚病への懸念が高まっているそうです。

〈学校2〉米殼を焼いてつくった炭材を床に敷きつめて仕上げています。この炭の上を子どもたちは素足で歩くため、皮膚病への懸念が高まっているそうです。

今回は、数時間、数カ所の村のみの訪問だったため、ほんの一部の状況を垣間見ただけですが、緊急対応の渦中のときにはベストな対応だったことが、徐々にニーズや課題が変わってきていることが分かります。タイミングや枠組み、リソースなど様々な制約がある中で、どうすべきか・・・これが仕事なのですが・・・悩んでしまいます。

 

現場からの道中、あるスタッフが私に「ビルマ語の名前を付けてあげよう」と言い出しました。「え、私には割とワールドワイドに通じるナオミという名が・・」と抵抗する間もなく、「そうだなぁ、マ・サン・ディはどうだ?」と提案され、同乗していたほかのスタッフたちもみな「それはいい!」と満場一致。

 

〈学校3〉同じ村の中学校が全壊したため、屋根のみ被害をうけた初等学校を補修して全8学年が授業を受けています。教室は3部屋しかないため、同時に歌い、踊り・・と始まると、それはそれは大変な賑わいです。

〈学校3〉同じ村の中学校が全壊したため、屋根のみ被害をうけた初等学校を補修して全8学年が授業を受けています。教室は3部屋しかないため、同時に歌い、踊り・・と始まると、それはそれは大変な賑わいです。

あれよあれよという間に、私の名前はマ・サン・ディに決定しました。マは若い女性(!)に付く敬称、サン・ディは月あかり、闇をほんのり照らすような意味だそうです。なぜマ・サン・ディ?!その理由は未だ不明です。

これから事業が本格的に動き出そうとしています。せっかく命名いただいたこの名前に負けないよう、被災者の人々にとって少しでも明かりとなるように、誠実に働いていきたいと願っています。

この記事を書いた人

加藤 奈保美
加藤 奈保美
神奈川県生まれ。早稲田大学・同大学院理工学研究科にて、アジアの建築史について学ぶ。在学中に阪神淡路大震災でボランティアを経験したことから、防災や被災地支援がライフワークに。卒業後は建設コンサルタント会社に勤務。自然災害を中心とした国内外のインフラ事業に従事する。2008年6月、ワールド・ビジョン・ジャパンに入団。サイクロン後のミャンマー、大地震後のハイチで復興支援に取り組む。東日本大震災後は、一関事務所の責任者として岩手県に駐在した。2014年4月から、アフリカのスポンサーシップ事業を担当、現在は、支援事業部 開発事業第2課所属。2017年1月からネパール駐在。
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